渇望-gentle heart-
ありがたいことに、店はオープンしてから大繁盛だ。


だから日を追うごとに忙しさは増していき、俺は夢が叶って充実感があった。


けれどその一方で、百合はもしかしたら、色んな事を我慢してくれていたのではないかと、今では思う。


仕事の都合上、遅くに帰宅する俺を待っててくれたり、無理して休みを合わせてくれたり。


仕方がなかったと言えばそれまでだけど、数ヶ月が経つ頃には、俺達は次第にすれ違うようになっていたね。


百合は春までだった爽馬くんの弁護士事務所での手伝いを辞め、販売員のバイトをしていた。


あの頃、人間関係で悩んでいた百合の話を、もっと聞いてあげてたら良かったのに。


喧嘩をしたりなんかしなかった。


それでも俺達は互いを大切にしようと努めていたし、そこに何の不満もなかった。


でも、徐々に開いていた距離を埋めることが出来なかったんだ。


それは、秋の終わりだった。



「ねぇ、ジュン。
あたし達、もう別れた方が良いのかもね。」


俺達は同じ家で暮らしているのに、その意味を見失いつつあった。


ばあちゃんが死んだ痛みさえも薄れつつある中で、互いの生活を守りながら一緒に暮らすというのは、難しくなっていたのかもしれない。


それでも愛していたし、百合だってきっと同じように思っていたはずだ。


けど、嫌だとは言えなかった。


無理をしてまで傍にいることは、余計に互いを苦しめるだけだから。



「ごめんね、ジュン。」

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