渇望-gentle heart-
お前にそんなことを言わせたかったんじゃないし、ましてや謝らせたかったわけでもないんだ。


だから腑甲斐ない自分には憤りさえも覚えた。


店を持ったことに対する後悔はない。


けれど、すれ違う中で、互いのことが徐々にわからなくなっていってたから。


どちらかが悪いということなんてないけれど、約束を守れなかったのは、俺。



「あたし、ジュンと一緒にいて、すごく幸せだったよ。」



そうだね、楽しかったね。



「でも、あたし、もう疲れたの。」


勝手でごめんなさい、と彼女は言う。


ふたりで頑張っていこうと誓って借りたこの部屋で、百合はどれだけの時間、孤独に耐えて過ごしていただろう。


愛し合ってても、上手くいかないことってあるんだな。


出て行く百合の背に手を伸ばし掛けて、でもやっぱり引き留める言葉なんて見つからなかった。


悔しさに唇を噛み締め、拳を握る。



「百合。」


呟いた名前は、虚しく宙を舞って消えた。


この部屋で暮らした思い出は色褪せることなくまだここにあって、だから目を瞑れば蘇ってくることばかりだ。


俺は上手くお前を愛せてた?


けれどもう、問い掛ける相手さえいない、静寂の帳。









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