渇望-gentle heart-
それでも俺には仕事があって、だから顔には出さず、いつもみたくへらへら笑っていた。


つもりだった。



「オーナーさん、どうしたんだ?」


デスクに座ったまま宙を仰いでいると、野口さんに声を掛けられはっとした。


時計を見るともう、とうに閉店時間は過ぎ、従業員は誰もいない。



「あっ、いや、何でもないっす。」


「けど今日、ずっと様子が変だったろう?」


彼はそう言って、俺に缶コーヒーを手渡してくれた。


この人は、俺が悩んでいる風に見えるといつも、こうやって気遣ってくれる。


申し訳なくて、けれど顔を覆うようにして俺は、息を吐いた。



「百合と別れちゃいました。」


苦笑い混じりに言ったつもりだった。


けれど、その瞬間に野口さんはひどく驚いて、そして悲しい顔に変わってしまう。


だから笑っている俺の方が虚しくなった。



「そんな、嘘だろう?」


「本当っすよ、残念ながら。」


俺は吐露するように漏らしてしまう。



「百合に辛い思いさせないって決めてたのに、俺、結局何もしてやれなくて。
挙句、アイツに謝らせちゃって、ホント最低っすよね。」


きっと俺は、誰かに聞いてほしかっただけなのかもしれないけれど。


野口さんに対しても、俺は無意識のうちに父親の影を探しているのかもしれない。



「俺、何か百合がいなくなるって考えられなくて。」


だから家に帰る気にはなれないんだ。


息を吐いてみれば、途端に緩みそうになる涙腺を堪えることに必死だった。

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