渇望-gentle heart-
「百合ちゃんだって、キミにそんな顔をさせたくて別れを切り出したわけじゃないと思うがな。」


本当なら、俺達の溝は話し合えばいくらかは埋まっていたかもしれない。


けれど、互いに相手を思い過ぎて、大切だからこそ、これ以上苦しめたくはなかった。


鳴らない電話に現実を憂うよ。


やりきれない思いの中で、俺はまた顔を覆った。



「人生って上手くいかないもんっすね。」


「それを言うには百年早いぞ。」


「それじゃ俺、死んでますって。」


笑った俺に、



「人生の価値なんて、死んだときに決まるのかもな。」


野口さんは、呟いてから煙を吐き出した。


部屋を漂うそれを見て、まるで人の迷いの揺らめきのようだと俺は思う。








それから、百合はやっぱり実家に戻ることはなく、ひとりで部屋を借りて、俺達は昔のように、友達というだけの関係に戻った。


互いに自分の生活があって、だから頻繁に会うことはなくなったけど、でも、彼女は元気でやっているらしい。


新しい季節が過ぎるにつれ、日々に慣れていく中で、百合と暮らしてたあの頃のことだけは、今も色褪せることなく俺の記憶の中にある。


それはとても幸福なこと。


百合を愛したことに後悔はないし、出来る事ならまた戻れたらな、って思ってる。


けど、今はお前の夢を大切にしてあげたいからさ、傍にいることだけが全てじゃないのかもな、って気付いたんだ。


やっぱり人生って難しいね。

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