渇望-gentle heart-
それは、退院も差し迫ったある日のこと。



「なぁ、これからはさ、俺と一緒に生きていかない?」


今にして思えば、それはプロポーズのような言葉だったのかもしれないけれど。


瞬間、彼女はひどく驚いた顔で俺を見た。



「一緒にこの街を出て、どっかゆっくり出来るところでふたりで暮らすの。
俺とお前なら、きっと楽しいよ。」


「そんなんあかんやん!」


「どうして?」


「…だって、うちはっ…」


言葉を詰まらせながらも大粒の涙を零す真綾を、愛しく思った。


ただ、これ以上彼女をこんな街で生きさせたくはなくて、そしてひとりには出来なくて、その強さも弱さも傷も、全部ひっくるめて俺が背負っていこう、って。


いや、俺自身が真綾の傍にいたいと望んでいたのかもしれないけれど。



「泣くなよ。
真綾に涙は似合わない。」


初めて抱き締め、そのぬくもりに触れた。


人の体の熱にこれほど安堵させられたことなんてなくて、だから離したくなんてなかったんだ。


俺は過去に人を傷つけ、罪を犯しました。


あの人のため、店のためだと言いながら、女を金のための道具のように扱ってきた。


けどさ、そんなことにももううんざりで、今にして思えば、俺は、小さな幸せを求めていたのかもしれないけれど。


真綾となら、それが見つけられるかも、って。



「なぁ、これからはさ、ふたりで笑って生きていこう?」

< 43 / 115 >

この作品をシェア

pagetop