渇望-gentle heart-
ここじゃないどこか遠くで、全てをリセットして始め直そう。


もう目を覆いたくなるほどの悲しいことなんかないような毎日を、ふたりで笑って過ごしていこう。


辛いのも、苦しいのも、もう十分だ。


泣きながら頷く真綾がおかしくて、俺は笑いながら口付けを添えた。



「俺が真綾の生きる希望になってあげる。」


アホやなぁ、と彼女は言う。


けれどふたり、また顔を見合わせ、どちらからともなく笑っていた。


詩音さんは昨日、この街から姿を消したのだという。


誰と、どこに行ったのか、なんて知らないけれど、でも、もう何ひとつ未練がましい気持ちになんかならない。


真綾と過ごした日々の中で、それが俺に芽生えた感情。


愛しい人よ、どうかその優しさを忘れずに、いつも俺の太陽でいて。



「なぁ、うち、南の島に行ってみたいねん。」


「…南の島?」


「そう、青い色した海とか、真っ白い砂浜とか、サンゴ礁とか、魚の群れとか、そういうの見てみたいねん。」


じゃあ行こう、と俺は言った。


想像するだけで、きっと真綾に似合いの景色だと思ったから。



「ホンマ、ジローが優しいと気色悪いわ。」


そんな肩をすくめた彼女の台詞は、いつものご愛嬌だ。


精一杯の照れ隠しで口を尖らせる姿は、今も変わらないところだよね。


それから数日後、真綾は無事に退院した。

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