渇望-gentle heart-
じゃあここで暮らそうか、と言ったのは俺だった。


はっきり言ってその提案は、深く思慮しての言葉ではなく、ぶっちゃけ思いつきみたいな感じだったけれど。


でもさ、俺だってずっとこの景色を眺めていたくて、そしていつか命が尽きる時まで、ここにいたいと思ったから。


もちろん隣には、太陽の似合う女。



「ジローって時々、突拍子もないこと言うんやね。」


「そうか?」


そうやん、と言った彼女は、



「けど、何かアンタとおるとホンマにおもろいわ。」


生きることを難しく考える必要なんかないと教えてくれたのは、真綾じゃないか。


潮風を浴びた体は少しべたついていて、けれど俺は、彼女の手を取った。



「お互いこの手がしわくちゃになっても、海を眺めてようよ。」


「信じて良いん?」


「当然でしょ。」


誓いの証なんてない。


けれど、決して破ることのない約束を交わした俺達。


手つかずの自然と、原色の世界、そして傾き始めた陽が、ふたりの影を長く伸ばす。



「俺、真綾のこと愛してるのかもしれない。」


「…かも、って何やねん。」


徐々に西日の色の染まりゆく中で、俺達は笑っていた。


こんなにも穏やかな時間の流れを、俺は今まで知らずにいたんだ。


きっと、思い描く幸せとは、そういうものなのかもしれない。

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