渇望-gentle heart-
それから俺達は、地元の人たちと仲良くなり、たくさんの協力を得て、この島で暮らし始めた。


家は、廃屋だった古民家を改装し、近所の老夫婦に畑まで借りた。


全てはイチからのスタートで、失敗の連続だったけれど、でも、汗を掻いて働くというのは喜びだ。


金を稼ぐことでしか生きられなかった俺達なのにね。


高いビルも、便利な機械も、何もない場所だけれど、それでも人々の屈託のない笑顔が、今の俺たちを導いてくれる。



「この腕の傷がオトンに突き飛ばされた時に出来たやつで、足のこれは事故って骨折した時のやつ。」


俺の腕の中で、彼女はいつも過去を懐古するように言う。



「んで、ここにあるのがヤケドの痕や。」


傷だらけだな、と返した時、真綾は少し悲しそうな顔をした。


彼女の体には、今まで気付かなかったけれど、小さな傷にまみれいて、どれほどのものを背負っているのだろうかと想像するだけでも辛くなる。



「ジローはここに来たこと、後悔してへん?」


「してたらとっくに逃げ出してるよ。」


「でも、アンタにはアンタの人生があったはずやのに。」


そこまで言い、真綾は唇を噛み締めた。



「俺はさ、自由に生きられてる今が、一番楽しいんだ。」


俺の両親はろくでなしで、ついでに兄貴はヤクザだ。


だから当然のようにあの街に染まっていた自分だけれど、でも、今にして思えばそれは、誰かや何かの所為にしていただけ。


俺は俺の意志で今、ここにいて、そして幸せだと思っているんだ。


だから真綾が自分を責める必要なんかない。

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