渇望-gentle heart-
夏になったある日、近所の美和さんちに3人目が生まれ、島中がお祭り騒ぎになった。


まぁ、それすらここでは酒の席を開く理由になるのだけれど。


散々飲まされた帰り道。



「赤ちゃん、すんごいちっちゃいねんで!
うち、抱っこさせてもらったけど、もうホンマに可愛かってん!」


真綾は俺の体を揺すりながら、興奮気味に話していた。



「わかったってば、それもう5回は聞いたから。」


なだめようとする俺の言葉すら聞かない彼女は、



「やけど、こんなに嬉しいことってないやんか!」


喜びも、悲しみすらも、いつもまるで自分のことのようだ。


夜空には、まばゆいばかりの数の星が煌く。



「うちもいつか、赤ちゃんほしいなぁ、って思った。」


けど、と彼女は宙を仰いで足を止める。



「親になれる自信、ないんやけどね。」


そんな苦笑いが少し物悲しくも見える、夜の帳。


虐待されていた過去のことを言っているのだろうか。


真綾の太ももに今も薄っすらと残るヤケドの痕は、昔、父親に熱湯を浴びせられたものだと言う。


一時期は施設にいたりもしたらしいけれど。



「最初から親になれる自信があるやつなんて、いないんじゃないかな。」

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