渇望-gentle heart-
顔を上げた真綾に、彼女は言った。



「ごめんなぁ、真綾。
お母さん、アンタを守ること出来へんくて、やから来るべきやないって思っててん。」


けど、とお母さんは真綾を見る。



「やっぱり真綾が大きくなった姿、どうしても見たかってん。」


風俗を経験し、体を売ることで生きてきた、真綾。


弱いくせに何もかもをひとりで抱え込み、必死で病気と闘ってきた彼女は、きっといつかこんな風に、お母さんに元気な姿を見せたかったのだろう。


その姿は、まるで小さな子供のようだ。



「生きててくれて、お母さんホンマに嬉しい。
こんなに元気に、可愛く育ってくれてっ…」


母子は共に涙しながら、良かった、良かった、と繰り返していた。


後ろですっかり困り果てていたサムと目が合い、俺達は思わず肩をすくめてしまう。


それから、サムだけがひとりこそこそとその場を去った。



「ママ、うち今、ホンマに幸せやねん。」


涙を拭った真綾は言う。



「この島で、みんなと、ジローがおってくれるから、ママが心配するようなことはもう、何もないで!」


お母さんはこくこくと頷きながら、顔を覆った。


人は悲しみを知った分だけ優しくなれると言うけれど、誇らしげな顔をする真綾を見ていると、俺が生きてる意味もあるのかな、って。


だから少しだけ照れくさくなって、俺は苦笑い混じりに頬を掻いた。


徐々に空の色は、俺達の大好きなオレンジへと移り変わる。


ふたりの喜びの涙はそれへと溶け、美しき世界は明日への希望を残しながら、夜を迎える準備に入る。


柔らかな風が頬を撫でた。

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