渇望-gentle heart-
お母さんの手に握られていたのは、いつだったか真綾が書いた手紙で、何度も読み返したのだろう、端がくしゃくしゃになっていた。


それでもここに来てくれた彼女の勇気に、俺は心底感謝した。



「ママ、うちな、ジローと一生ここで暮らすつもり。」


「そう。」


「んで、うちもいつか、ママみたいな母親になりたいねん。」


頷き、微笑むお母さんを前に、真綾は誇らしげな顔をし、俺を見る。



「まぁ、この男、ちょっとつり目なとこはあれやけど。」


「おい、それって悪口だろ。」


「違うよ、愛情表現やんかー。」


「どこがだよ、ったく。」


小突き合いをする俺達を見たお母さんは、瞬間、噴き出したように笑ってくれる。


やっぱりその顔は、真綾とそっくりだ。



「はじめまして、お母さん。」


俺の挨拶なんて、今更だったのかもしれないけれど。


でもこちらに向き直ったお母さんは、俺に深々と頭を下げた。



「手紙、読みました。
娘のことを支えてくれてる方がこんなに素敵な男の子やとは思わへんくて、嬉しい。」


「俺はホント、何もしてませんから。」


話してる傍から真綾は、



「あ、ママ!
この時間、浜辺行ったらめっちゃ夕日が綺麗やねん!」


案内するから行こう、と彼女はお母さんの手を引く。


それはまるで、遊園地で見掛ける子供のようで、俺は笑いながらふたりを見送った。


優しさの溢れる夕暮れ時。

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