渇望-gentle heart-
この世界に傷を持たない人なんていないだろう。


けれど、その中のどれだけの人間が、自分の背負っているものと向き合っているだろうか。


真綾の強さは、眩しさだ。


だから彼女の弱さは、太陽が陰ってしまう時に出来る曇り空に似ているのかもしれない。


それでもやっぱり人は光を探すように、俺はそんな真綾でさえも、愛しく思えてくるのだろう。


海の、遥か向こうには、いつだったか俺達が過ごしていた街がある。


淀んでて、薄汚れてて、欲望渦巻くネオンの場所。


いつの間にか、傷つけることも、傷つくことでさえも麻痺していて、気付けば濁流の渦の中にいた、あの頃。


出会いにも、別れにさえも立ち止まることなく生きてきて、俺はあそこで何を手にしただろう。


もっとちゃんと、人の心に目を向けるべきだったと、今では思うことだけど。


そうやって、後悔しっ放しの人生だったけど、でもここに来ることを選んだことだけが、俺の唯一胸を張れる選択だ。


今、時間は緩やかに流れています。


そのおかげなのか、俺の心は随分と穏やかになった気がするけれど。


浜辺へと続く一本道に、手を繋いで歩く真綾とお母さんの影が伸びる。





何気ない景色。

何気ない日常。



そして
何気ない幸せ。




今度はちゃんと、大切に出来ているだろうか。


見失うことなく、この手に掴んだものを壊さないでいられるだろうか。


願うことはただひとつ、どうかこんな日々が、泡沫の如くに消えませんように。

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