渇望-gentle heart-
店に行かず、携帯に入る連絡を無視すれば、きっと簡単にあの男との関係は終わらせることが出来るだろう。


けれどそんな勇気、あたしにはないから。


夏祭りだった日時をとうに過ぎた明け方、ドアを開けたのは申し訳なさそうな表情を浮かべた流星だった。



「別に良いよ、他の男と行ってきたし。」


強がりで並べる嘘にも、もう慣れた。


例え誰に抱かれたってあたしは、いつもそこに流星を重ねてしまう。


そんな自分には気付いてるから。



「それより、何しに来たの?」


こんな深夜に、酒臭い体と、色んな女の香水を混じらせて。


なのに、どうしていつもこの人は、最後にここにやってくるのだろう。


流星は、そっとあたしを抱き締めた。



「香織に会いたくて。」


悔しさの中で目を逸らしたのに、涙が出そうだった馬鹿なあたし。


どこまでひどい男なんだろうと思いながらも、この腕を振り払うほどの力はない。


だから流星はいつだって、許されたのだと勘違い。



「お詫びにさ、これ。」


そう言って、彼はあたしに手に持つ箱を差し出した。


どうして夏祭りに行けなかった詫びが、ケーキになるのかはわからないけれど。



「こんな夜に、太らすつもり?」


眉を吊り上げるあたしと、どこか可笑しそうに笑う流星。



「香織は十分細いだろ。」


嫌味な男。


だけど怒るより先に奪われるのは、いつもあたしの唇だった。

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