渇望-gentle heart-
「あたしなんかより、あのおばさんのところにさっさと戻りなさいよ。」


無意識のうちに、彼を睨み上げてしまう。


けれど内心では震えているあたしは、それがばれないようにと拳を作った。



「腕、放してよ。
あたし今、流星の顔なんか見たくないの。」


一瞬の沈黙は、彼の吐き捨てた舌打ちによって消え、掴まれていた手が離された。



「とりあえず、店終わったら行くから。」


「来ないでよ!」


声を荒げてあたしは、顔を背けた。



「なぁ、あんま困らせるなよ。」


道行く人たちは、こちらを伺うように一瞥し、通り過ぎる。


無様で、惨めで、流星といるとあたしはいつも、こんな気持ちばかり味わわされる。



「俺は香織にどう思われようと、ホストは辞めないから。」


立ち去る背中越しに聞こえた、そんな台詞。


夜のネオンの色へと足を踏み出せば、誰かに嘲笑われているような感覚に陥る。


流星は卑怯だ。


精一杯で物分かりの良い女を演じている自分にもいい加減嫌気がさし、もう何度こんなことがあったろうかと思う。


気付けば冷たいものが頬を伝っていた。


街のど真ん中で泣くなんて、という感じだけれど、でもあたしにもまだ、涙腺というものは存在しているらしい。


だからまた、あたしは唇を噛み締めた。

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