渇望-gentle heart-
いつもの明け方も近いような時間より少し早くに、我が家のチャイムが音を鳴らした。


誰かなんて確認しなくても、こんな時間に来る非常識なヤツはアイツだけ。



「俺だよ、開けろ!」


近所迷惑なほどに、流星の声がドア越しに響いた。


無視をすれば良いはずなのに、それでも押し負けたようにドアを開けてしまうあたしは、相変わらず弱いのだろう。


泣いていた瞳がばれないように、僅かに目を逸らした。



「ホントに来たのね。」


流星は、こういった時の約束だけは破らないことは知っている。


だから嫌味を混じらせて言ったのに、それには答えず彼は、勝手知ったるようにと中へと入って来て、ドアを閉めた。


訪れたのは沈黙だった。



「あのおばさんと、アフターとかあったんでしょ?」


刹那、抱き締めてられて、あたしはびくりと肩を上げた。


お酒臭くて、香水臭くて、けれどその腕はいつも以上に弱々しいもの。



「俺の母親はさ、家族とかそれまでの生活とか全部捨てて、ある日突然、男と駆け落ちしちまったんだ。」


「……え?」


「だから俺、愛情なんて信じてないし、これからだって信じたいとも思わない。」


流星は突然に、しかも一体何を言っているのだろうか。


けれど、一切持ち上げられることのない瞳は、もしかしたらそこに、彼の素顔が垣間見えているのかもしれない。



「でも時々、そういうのよくわかんなくなってさ。」

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