青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
「おいケイ、分かってンよな」
地を這うような声で俺に問い掛けてくる舎兄が恐い、恐いよ、泣きたいよ。
俺は忘れていた。
ヨウは学校でも畏れられている、恐ろしい不良だってことを。
味方になると心強いけど、敵になるとめっちゃ恐い。恐過ぎる。
じゃあキレイサッパリ本当のことを言ってもいいけど、言ったら言ったで地獄を見る気がする。
どうして自分を呼ばなかったんだ! みたいなカンジで怒られそう。
それにワタルさんは二人でシメたことで解決したと言った。
あまり報告したくないようだし(魚住のこともあるしな)、俺も収穫のない喧嘩をしてきただけだもんな。
グルグル考えをめぐらせていたら、生徒会長が中に入って来た。
席に着くよう指示されたから、俺は弥生たちと一緒に席に着いた。
ヨウは相変わらず、須垣先輩を毛嫌いしているようでガンを飛ばしていた。
そんなヨウも恐いけど、笑顔で綺麗にスルーしている須垣先輩も凄い。
種類は違うけど、どっちも敵に回したらヤだよな。こういうタイプたち。
自分の指定席に座った須垣先輩は、ニッコニコ笑顔で俺達を見てきた。
「谷沢くんは暴行事件(ただの喧嘩だけど)を起こして、職員室にいるそうだ。情報によれば“タコ”のことでどうのこうの……」
タコ沢……お前、そんなにタコ嫌いか。
いやそうしたのは俺とヨウのせいだろうけどさ。
「まあ谷沢くん抜きで話そう。彼抜きでも差し支えないしね。さてと」
指を組んで、俺とワタルさんにチラッと視線を送ってくる。
「二人とも戻って来たようだね。“おサボリ”は楽しかったかい?」
ひっじょうに棘のあるお言葉をどーも。俺とワタルさんは顔を見合わせて肩を竦める。
「楽しかったですよね、それなりに」
「ほーんとにねぇ、それなりに」
棘のある会話をしてやった。
いやさ、ヨウ達がいると分かっているんだけど腹立つじゃん。
俺達に非があるとしても、やっぱ腹立つじゃん。相手が生徒会長だけに。
クスリ、笑声を漏らす須垣先輩は眼鏡のブリッジを押す。
「分からない人がいるかもしれないから説明すると、こちらの二人が生徒会と交わした約束を破ってしまったんだ。
たかだか一週間サボらず授業に出ればいい話なのに。とてもイイ誠意を見せてくれたもんだ。やっぱり君達は信用ならないよ。犯人だって思われても仕方が無い」
「ということは、疑われるのは僕ちゃーんとケイちゃーんだよねぇ。二人っきりでデートしちゃったし。
ほーかのみんなは真面目に授業ちゃんを受けていたし。みんな偉いよねぇ。僕ちゃーんには無理むり。ワルイコちゃんだから」
ニヤニヤ笑って机に足を置くワタルさんは、ポケットから煙草の箱を取り出した。
「これも学校で吸っちゃったたたーん」
そう言うワタルさんだけど、俺が知っている限り学校では吸っていない。
トイレで吸おうとはしていたみたいだけど、結局思いとどまって吸わなかったのだろう。
ワザワザ疑いが掛かる物品を生徒会の面子に見せるのは、より自分に注意を向けるため。それがワタルさんなりの詫びなのかもしれない。
理由があっても、約束を破ってみんなに迷惑を掛けたという……ワタルさんなりの詫びの仕方かもしれない。
なんだかワタルさんのことを誤解していた気がする。
ワタルさんは人のことをからかうお調子者のウザ不良と思っていた。苦手だとも思っていた。
でもこの人はちゃんと他人を気遣う不良なんだ。
馬鹿して、人をキレさせて、だけど裏では友達のために行動する。憎まれ役も買って出る。
ワタルさんってそんな人なんだなぁ。完全に誤解していたよ俺。
そうだ。
後でお礼をちゃんと言おう。喧嘩に連れてってくれたお礼を。
ワタルさんがいなかったら俺は、あの不良達に勝てなかった。
ひとりじゃ何もできなかった。
スケッチブックを取り戻すことさえもできなかった。