青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
「モト――――!」
一瞬の静寂、そして絶望に満ちたキヨタの絶叫が駐車場の空に響き渡る。
「テメェッ、モトに何しやがる!」
絶叫が合図となり、ヨウが烈火のごとく怒り狂った。
池田の顔面に渾身の膝蹴りを食らわせ、その前歯を二本ほどへし折ってしまう。
哀れなことに抜けた前歯は唾液と血に塗れたまま、砂利の絨毯に落ちてしまった。
一度着地した反動を利用し、相手の横っ面を蹴り飛ばすことで池田は今度こそ喪心してしまう。
けれどヨウはそんな敗者に目もくれない。
負傷したモトを抱き起こし、
「だ、大丈夫か!」
動揺を露にしたまま相手に声を掛けていた。
俺とキヨタも顔面蒼白で二人の下へ。
大きく肩を上下に動かし、荒呼吸をしているモトは目を白黒さえていた。
自分がどんな状況下に置かれているのか把握できていないらしい。
「……なんか痛いや」
独り言を零し、モトがのろのろと右肩を押える。
その手の平をすぐに離し、自分の血のりを見つめて、
「あ。怪我してる」
力なく笑った。が、俺達はそれどころではない。
だって目の前で友達が胸部を刺されたんだ。
映画やドラマであるようなワンシーンが此処であったんだ。冷静でいられるわけがない。
大パニックになっていた俺はこういう時、どうすればいいのかと必死に考える。
「救急車を呼べ」
背後にいたタコ沢の冷静な指摘により、そうだ、救急車だと頷いた。
「きゅ……救急車っ! キヨタっ、救急車!」
「はっ、はいッス!」
震える手で携帯を取り出しているキヨタに、「べつに……大丈夫なんだけど」とモト。
そこまで騒ぐことでもないと肩を竦める重傷者に、口を揃えて大丈夫じゃないと返す。
「……ちょっと……痛いだけだし」
「大丈夫なわけないじゃんか! 胸ッ、刺されっ……死ぬなよモト!」
パニクっているキヨタに、「死ぬわけないって……」モトが呆れ顔で苦笑した。
いや死ぬかもしれないじゃんかよ。胸を刺されたんだぞっ、重傷じゃんかよ!
なのに自力で立とうとするもんだから、俺達は大慌てで横になっておけとその行為を止めた。
本当に大丈夫なのだと訴えるモトは、ヤラれたのは肩だけだと俺たちに伝え、痛みに耐え震えながら学ランの胸ポケットから生徒手帳を取り出した。生徒手帳には刃物が刺さったような穴が。
いつも教師から風紀検査で身なりは勿論、生徒手帳は常に持ち歩いとけと口喧しく言われていたらしく、こうやって胸ポケットに入れていたのだとか。
貫通する前にヨウが相手を蹴り飛ばしてくれたおかげで、大事には至らなかったんだってモトは微苦笑した。
じゃあ……胸部は無事なのか?
ヨウが急いでモトの上衣を脱がせる。
顔を出したカッターシャツは赤く染まっているけど、染まっている場所は右肩の箇所だけで、胸部の箇所は白いまんま。
生徒手帳のおかげで命拾いしたんだ。
良かった、ほんと、良かった。
今、心の底から安堵する俺がいる。
安心するあまりに腰が抜けそう。
「よかっ……」
携帯を手放したキヨタはジワジワと涙目になって、良かったと声を上げるとモトの体に縋りついた。
「痛い……って」
モトは傷に響くからって力なく笑う。
中でも一番に安心していたのはヨウだった。
命に別状がないと分かった途端のヨウの顔、ほんとに泣きそうだった。
冷静を取り戻した俺は、喧嘩を終えたシズ達がこっちに駆け寄って来る気配を感じながら、座り込んでいるヨウの肩を軽く叩いた。
見上げてくるヨウを安心させるように微笑む。
「この喧嘩は俺達の勝ちだ。さ、命に別状はなくてもモトを病院に連れて行こう」
⇒#04