青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
「あーあ、ヤマト。帆奈美がご機嫌ナナメになった。禁句を言ったせいだよぉ?」
バーの片隅のソファーで様子を見ていた諸星 則武(もろぼし のりたけ)は機嫌を損ねた帆奈美を横目で見やりながら、なんでわざわざ地雷を踏むのかと呆れていた。
「今は自分のセフレじゃん」
諸星改めホシの言葉に、
「苛めたくなっただけだ」
ヤマトは上機嫌に答えた……それはそれで酷い理由だ。ホシは心底呆れる他なかった。
「てか、ヤマトさん! いつ向こうに奇襲をかけるんだよ! こうしてヤマトさんが裏で手を回している間、自分達はとっても暇なんだぜ?! 自分バッカズリィーよ! 自分も早く奴等と、特にシズをフルボッコにしたくて仕方が無い!
あああっ、奴の眠たそうな顔を見てると血が滾ってくる! 自分の闘志が燃えてくる! なんだ、あのやる気のない顔ッ、腹が立つ!」
グッと握り拳を作り、熱弁しながらカウンターでビールを引っ掛けていたのは伊庭 三朗(いば さぶろう)。通称サブ。
チーム一熱血漢なサブは、自分達の出番がないことに不服を漏らしていた。
ほろ酔いだからだろう。若干テンションが高い。いつも以上に熱い。
「奇襲をかけたい、喧嘩がしたい!」
熱弁するサブに、面倒な男だとホシは呆れ返る。
気にすることもなく、ヤマトは狙いを定めて玉を突いた。バウンドする玉のいくつかはポケットに入っていく。
「サブ。何度も言わせるな。その内、機会はやる」
「そればっかりじゃんかよぉお、ヤマトさん!」
そろそろ飽きたとサブ。その熱意は評価に値する。
「相変わらずオアズケが苦手だな。サブ。お楽しみは後だ後」
間違っても余計な事するんじゃねえぞ。
ヤマトの鋭い眼光にも臆することなくサブはガックリ項垂れる。
「喧嘩してぇなぁ」
オアズケなんて切ない。嗚呼、無情。酔っ払いは戯言を零していた。
「そういやアキラはどうした。此処にはいねぇみてぇだが」
話題を変えるために、ヤマトが仲間の居所を尋ねる。
返事したのはホシだ。
「アキラは遊びに出かけたよ」
おおかた、バイクで夜の街を駆け抜けているのだろう。彼は肩を竦めた。
「ちなみにアキラは“あいつ”と一緒ね……近頃元気なくしちゃっていたし。アキラなりに元気づけようとしているんじゃないかな。あいつは悟られぬよう、振る舞っていたけど」
「……ならアキラに任せるか。あいつは誰よりアキラに心を開いている」
意味深長に吐息をつく。
こればかりはどんなに悪知恵を働かそうとどうにもならないことだ。仲間はアキラに託すことにしよう。
「それよりさぁ。ヤマト。荒川達とは別に不穏な動きがあるって聞いたんだけど」
ホシがご自慢の爪を眺めながら、問い掛ける。
応答者から質問者へ立ち位置が入れ替わり、ヤマトは動きを止めた。
「それに関してもアキラ頼りだ」
あいつが情報を仕入れている、眉根を寄せるヤマトはそれ以上のことは言わなかった。
最近、自分達の周りで不穏な動きが見え隠れしている。
具体的にどういう動きとは言えないのだが、まるで観察されているような、嫌な動きが垣間見えているのだ。
折角本気になった荒川達とどんちゃんできると思っていたというのに、なんだか水を差された気分だとヤマトは思っていた。
「それも大事だけど、ヤマト、このチーム、ある意味危機に直面している。暫くチームの人数が減るのだから。貴方もこちらに顔を出せないんじゃ? 私もそうだし、ススムやサブもそう。個人的な事情が重なった。なあなあにしておくことはできない」
不機嫌面のまま帆奈美は意見した。まだ機嫌を損ねているようだ。声がやや低い。
カンッ、玉を突く音が店内に響き渡る。
バウンドする玉はどれ一つもポケットには落ちなかった。
調子が狂ったと愚痴り、
「大半のメンバーは顔を出せなくなるな」
ヤマトはとある事情に舌打ち。そして事情により、チームに手が回せなくなる現状に吐息。
荒々しく頭を掻き、「ゲームもお楽しみも先延ばしだな」事情を解決する方が先だと漏らした。帆奈美の言うとおり、こちらを解決する方が先なのだ。
チームで動くばかりの生活ではないのだから。
「ま、向こうも同じ危機に直面してるんじゃねーか。寧ろ、危機に直面してなかったら世界はとっくに終わってる。向こうが奇襲掛けてくるってのはないだろ」
確かに。
店内にいた不良達は揃って頷いた。
きっと自分達の抱えている問題を、向こうも抱えているに違いない。