青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
ガン――!
突然、倉庫内に木材の蹴り飛ばす音が聞こえた。
ビクビクッと驚く俺達に対して、響子さんはやる気のない面子にニッコリ。
手には錆びかけた鉄パイプ(倉庫に置いてあったものを取ってきたんだろう)。
青筋を立てながら、
「ざけてるんじゃねえぞ貴様等」
荒々しい口調でヨウ達を睨む。
こ、恐ッ……。
「アンタ等、チームに迷惑を掛けている自覚あっか? 追試以上に面倒事を起こしてみろ。全員焼き入れてやる。うち等の目的はヤマトチームを潰すこと。
それなのに保護者呼び出しだの、留年だの、喧嘩どころじゃないだのになってみろ。
間接的に向こうチームに敗北するんだぜ? そんな状況にだけはさせねぇ。
するような輩はうちが直々に制裁を下してやる。特に野郎共、不甲斐ねぇとこ見せやがったら女にしちまうぞ! あ゛あ゛ん?!」
それってナニをもぎとるってことですか……?
嫌だ、想像するだけでも痛いって! あ、あとツッコんじゃいけないけど、母音に濁点はつけなくてもッ……恐いんですけどー!
響子さんの形相にヨウ達は真面目に教科書を眺め始めた。
うとうとと眠りの妖精さんとじゃれていたシズも、いそいそ教科書を開け始める。
身の危険を感じ、響子さんの逆鱗に触れないよう自己防衛が働いたようだ。真面目に勉強を始めている。
偉いぞ、シズ。
明日から女になりたくなかったら素直に響子さんの指示に従うべきだ。
だけどヨウ達はしかめっ面ばっかり。
やっぱり勉強はからっきしなのか、何から勉強すればいいか分かってない様子だ。
俺等もヨウ達が何について分かっていないのか教えてくれないと、どう教えていいやら。
タコ沢は自分の分かっていない箇所が分かっているから、そこを重点的に勉強しているけど。
どれどれ、一先ずヨウの下に行ってみるか。
「大丈夫か?」
声を掛けると、イケメン不良はお手上げだとばかりに肩を竦めた。
「これ、俺の答案なんだが、何が間違っているかちーっとも分からん。ぜってぇ合っていると思うんだが」
差し出された解答用紙を受け取り、ざっと流し目に内容を読む。
これは世界史か。
何々ハワイ諸国をはじめて統治し、ハワイ王国を建国したのは誰か。
ヨウの答え『かめはめ波』
「お前。これは天然でやってんの? 漫画の読み過ぎたと言われなかったか?」
「かめはめ波大王だろう? 合ってるじゃんかよ」
「いやいやいやっ、カタカナでカメハメハ大王だからね! お前が書いたのは漫画の主人公が使う技名! サイア人がハワイ諸国を統治したってか?!」
「読み一緒だろうよ、これでペケはねぇよな。オマケしてくれてもいいじゃんかよ」
愚痴を零すイケメン不良の残念具合に溜息である。
女の子だって幻滅するに違いない。
イケメンでもおばかは論外だよな。
あまりにも酷い出来っぷりに、教える側も困惑。
いきなり手詰まりになった。
これは五日以内に範囲を教えきれって方が難しいかもしれない。
「あ……あの、まず皆さんのテストで間違えたところを、ノートかルーズリーフかに写してみてはどうでしょう?」
ついに見かねたココロがおずおずと案を出した。
追試は基本的に定期試験と似たような問題が出る。
だから、テストで間違えたところを重点的にやれば点数が取れるんじゃないか。
ココロはそう思ったらしい。
なるほどな、それはいい考えかも。
問題をノートに写すだけでも、結構勉強になるしな。
「それでいくか」
ヨウは助言をくれたココロに礼を言った。
彼女は嬉しそうに笑みを返す。それは文字通り、花咲く笑顔だ。柔らかい眦に見蕩れてしまう。
恍惚に彼女の横顔を見つめていた俺は、ふっと我に返ってぎこちなく視線を逸らす。
軽くかぶりを振って気持ちを霧散した。
ココロはヨウのことが好きだ。
明言したわけではないけれど、以前、彼女はヨウに憧れを抱いていると教えてくれた。羨望を語る表情は確かに好意を滲ませていた。
その表情で確信してしまう。
ココロはヨウが好きだ。好きだからヨウに礼を告げられて、あんなに嬉しそうな表情を浮かべた。
いたって普通の少女の見せる笑顔、それは俺の心を捉えるのに充分すぎるものだ。
こんなことを考えている時点で、俺は自分の感情に変化が訪れているのだと理解してしまう。
そう、最近の俺は彼女を無意識の内に見ている。
何かとココロのことを考えている。
目で追ってしまう。
ココロとは、ただのチームメートで、同じ地味だから親近感を抱いているだけ。
なのに、なんだか妙に意識している俺がいるだなんて。
(調子が狂う)
ガリガリと頭部を掻いて気持ちを誤魔化す。些少の変化は受け入れそうにないや。