青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―


「ありがとうございますケイさん。お言葉に甘えさせて頂きますね」


たった一言で、調子に乗ってしまいたくなる。

気のせいだと思い込みたい。

女子に優しい笑顔を向けられた記憶が極端に少ないから、ただただ嬉しいんだ。

彼女を一人に着眼しているわけじゃない。

異性を意識しているわけじゃない。きっと、そう、きっと。


「大体ひとりじゃ無理だって。ひとり、ふたり分、買うのとはワケが違うんだし」 


誰にも気付かれたくない感情を隠すように話題を振る。

「だって」苦笑する彼女に、「それだけ優しいってことなんだろうけどさ」目尻を下げて肩を竦める。


これは本音。


だってさ、勉強する皆に気を回したり、自分から率先して雑用を買って出たり、チャリを漕ぐ俺に気を遣ってくれたり、優しい子なんだと思う。


するとココロが頬を桜色に染めて俯いてしまう。

まさかそんな反応が返ってくると思わず、俺も頬を掻いて視線を流す。


これじゃあ、まるで俺が口説いたみたいじゃん。


友達として言ったまでなのに、下心を含んだ台詞を吐いた気分。

異性として見てくれているのか? と、少しだけ期待してしまうけれど、それはないと念頭から振り払う。彼女はヨウのことが好きなのだから。


チラッと彼女に視線を戻す。

綺麗な瞳とかち合い、鼓動が高鳴った。


それを無視して恥ずかしそうに笑いかけてくる彼女に笑声を零す。


気持ちを隠そうと思っても、彼女が向けてくれるその笑顔までは誤魔化せない。


俺は今、彼女の笑顔を目の当たりにして純粋に嬉しいと思っている。


ヨウではなく、俺に向けてくれているその笑顔を、ただただ可愛いと思う俺がいるんだ。




「青春しているところ悪いんだが、俺達、ルーズリーフが必要なんだ。買って来てもらっていいか?」




含みあるヨウの笑声と、意味深な視線と、悪意あるオーラが俺とココロに突き刺さった。


石化しかけた俺達は、どうにか気丈夫に周囲を見やる。


それはそれは面白そうにこちらを観察している不良達がいた。


ニタニタしている不良達の面持ちと自分の置かれた現状に気付き、揃って赤面してしまう。


や、や、やっべぇ。

なんだこの罰ゲームばりの羞恥は。


とんでもないことをしでかした気分になるんだけど。


べ、べつに俺達は普通のやり取りをしていただけだよ!


な、なんだよコノヤロウ!

ココロの笑顔に見蕩れちまったのは俺自身の野郎魂が疼いただけで、他の女子がココロとおんなじことをしても、きっと俺は見蕩れちまうんだからな!


まったくもって素直じゃないことを思いながら、妙な空気を散らすために「行こうか」「行きましょう」行動を開始する。


だけど皆の悪意ある視線のせいで気が動転している俺等は方向転換の前に正面衝突。

反射的に小さな体躯を受け止めた俺は、受け取られたココロは、もっと気が動転した。


「ご、っごごごめん! ぶつかっちまった!」

「わ、私こそっ、えええっとお怪我はっ!」


なんてこったい。

この距離感パネェ! もはや間隔すらねぇんだけど!



急いで離れる俺達の顔は熟れたトマトのようだろう。


態度で意識していますみたいな行動を取っちまったもんだから自己嫌悪もいいところである。誤解される、こんなんじゃますます誤解されちまう。


いやでも、弁解だけはさせておくれ。


いいかい、大抵の地味っ子は異性に免疫がないんだ。

中には免疫のある奴もいるかもしれないけど、大半も地味くん地味ちゃんは同性と仲良しこよしするもんだから、異性に対する免疫が殆どない。つまり恋愛には無縁なのだ!


だからさ、こうやってからかいザマに視線を投げ掛けられてみろ。動揺と羞恥でパニクるぞ!


「気が合うねぇ。テメェっ、ウワッツ! アッブネェだろうが響子!」


おどけていたヨウの口から悲鳴が上がった。

どうやら響子さんが持っていた鉄パイプが目前に振り下ろされたらしい。


それにすら、構う余裕がない。

今は自分のことでいっぱいいっぱいだ。


「お二人さんってもしかして」


へらへらと笑うワタルさんの、故意的な問いの先が読めてしまった俺はココロを呼んで速やかにこの場から逃げた。


駆け足で逃げ出す俺達の背に、ワタルさんが続きを言おうとしていたようだけれど、その前に響子さんが鉄パイプをワタルさんに向かってぶん投げていたという。


金属音の鈍い音をBGMに俺は倉庫の出入り口を目指す。


ふと彼女の足の遅さに気付きペースを落として素知らぬ顔で腕を取った。


瞠目する彼女に、「早く逃げないと弄られるぞ」ぶっきら棒に声を掛ける。


「はい」


嬉しそうに綻ぶココロを一瞥して、人知れず自分の昂ぶる感情に苦い顔をしてしまったのは俺だけの秘密だ。

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