青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―







一触即発。


喧嘩ムードを醸し出していた両チームだったけれど、今は各々席について勉強をしている。


日賀野率いる向こうのチームも当初の目的は勉強しに店にやって来たみたいだ。


後からきたのだから店をかえればいいのに、わざわざ俺達の席の向かい側で勉強をしているところがなんともかんとも。


苛々と試験勉強をしているのは、中学時代に一つのグループとしてつるんでいた不良達である。


例えば、俺の隣に座っているヨウが「わっかんね」と声音を上げれば、向こうの席から「単細胞」と嘲笑する声が聞こえた。


逆に向こうの席にいる日賀野が「数学勉強する意味あんのか?」と愚痴れば、俺の隣から「どっかの誰かさんは数字さえ読めないんだな」と悪態が聞こえた。


お互いがお互いに悪態をつく度に、その場の空気が凍ったのは言うまでもない。

気に食わないと言わんばかりに不良チームの頭たちが火花を散らし合った。


「おい荒川。一々突っ掛かってくるじゃねえか。ヤるってか? 相手になってやってもいいぜ」

「そりゃこっちの台詞だ、ヤマト。表に出てみるか? あ゛あ゛ん?」


わぁーお、俺のトラウマ、増えちゃいそうなんだぜ!

……いや冗談抜きに恐いんだって、悪態付き合う不良さま方。

アンタ等、勉強する気はないだろと思うくらい空気に高圧線が張ってあるんだ。


向こうが場所を移動しないなら俺達が場所を移動すればいいのだろうけれど、負けん気の強いチームだ。

勉強に集中できないだろうになんで俺等が動かなきゃいけないんだ、お前らが動け消えろオーラを放ちながら勉強に取り掛かっている。


いつもの俺なら、この光景を見て心中で号泣しているところだ。

だけど、今日は号泣の余裕はない。胸にポッカリと穴をどう塞ごうか悩んでいる。


一種の無気力感に襲われている俺は、力なく向かい側の席の一角を見つめた。


見知らぬ不良達の中に健太の姿がある。俺が落ち込んでるように、向こうもすこぶる元気が無さそうだ。

周りには空元気で振る舞っているみたいだけど、付き合いの長い俺の目には誤魔化しがきかない。無理しているのだと理解してしまう。


ふと視線がかち合う。

苦笑してくる健太に、俺は泣きたいような悔しいような気持ちを抱いて視線を逸らした。


健太は俺よりも随分前から、俺がヨウのチームにいると知っていた。


その時、あいつはどう思っていたんだろう。

予測と覚悟はしていたのか? 最悪の未来ってヤツに対して。


「ケイさん、これどうぞっス。少し冷めちまったけど」 


深々と溜息をついていたら、左隣に腰を掛けていたキヨタからプチパンケーキの入った箱を目前に置かれた。


遠慮する俺を見越したのか、先手としてプラスチック製のフォークでプチパンケーキを刺してそれを差し出してくる。


「味はリンゴッスよ。美味いッス」


手中に押し付けてくる弟分の明るい振る舞いに気遣われているのだと察する。


そっか、キヨタは俺のやり取りを近くで見ていたんだっけ。

事情を察しても、それに敢えて触れず、落ち込んでる俺を励ましてくれる。優しい奴だな、お前。


「サンキュ」


俺はキヨタの気持ちに応えるためにフォークを受け取る。


うん、確かに少し冷めてるけど、美味いな。プチパン。凄く美味い……こうやって励ましてくれるキヨタと出逢えたのは、やっぱりヨウの舎弟になったから、だよな。


舎弟にならなかったら、キヨタやヨウ達に出逢えなかった。仲良くもなれなかった。分かっている、それは凄く分かっているよ。


だけど……さ。



「ケイさんが暗い顔してると、俺っちも悲しいっスよ」



知らず知らず俺は表情を曇らせていたようだ。キヨタにまた心配されちまった。


そう……だよな。

落ち込むのは一人になってからにしよう。


じゃないとチームに迷惑掛かるし、ヨウ達の勉強の妨げにもなる。ってをい! 俺はギョッと身を引いた。


グッと詰め寄ってくるキヨタが近い、近いんだけど!


「俺っち、ケイさんのためにできることないっスか?」

「え、いやぁー……気持ちだけで」


「遠慮しないで下さいっス! 俺っち、この身が果てようともケイさんに尽くしていくつもりっス! なんたって俺っち、貴方に惚れているんっスから!
あ、俺っち、女が好きなんで残念ながら、そっちの意味で身は捧げられませんっすけど。でもでもでも女に生まれていれば抱いてもらいたいって思うくらい、ケイさんを尊敬してるっス!」


き、き、キヨタァアアア!

俺は、田山圭太はお前の気持ちにとても感動……するわけないだろうぉおおおお! こんなところで、なんっつーこと言うんだ!


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