青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
羞恥と悲しみのあまりに両手で顔を覆う。
お前はなんで場の空気を読まないんだよ。
此処は誰もが利用できるファーストフード店だぞ。
向かい側には日賀野達がいるのに、中学時代の友達が向こうにはいるのに、なんでそんなに大音声で告ってくれるわけ。
嗚呼、ホラ、なんとなくフロアの空気がさめざめとしている。
傍観者達が男が男にサブいことを言っているよ、と思われている。
ヨウみたいなイケメンに言うならまだしも、凡人の俺に言うなんて一種のイジメだ。俺はイジメを受けているなう。
チックショウ! 別の意味で俺は落ち込むぞ! ほんとうに落ち込むぞ!
頭痛がしてきた。
溜息をつく俺に、「元気出すっス!」キヨタは励ましをくれたけど、今、俺が落ち込んでいるのはお前のせいだからな?
はぁー……また一つ溜息をついているとブレザーのポケットが振動した。
メールが来たみたいだ。俺は震えている携帯を手に取って起動する。
瞬間、目を見開いた。メールの相手は健太だった。
『From:山田健太 件名:どんだけー!
男に告られてやんのww お前ww マジどんだけー! もう男、抱いちまえ!』
フッ、あの大馬鹿野郎。
わざわざメールでツッコんできやがった。
人が折角、お前のために落ち込んでいるのに、この容赦ないツッコミ。いい度胸じゃないか。
『そういう自分は不良もどきしてるくせに。不良になっても目立ってねぇよ!』
よし、送信。数分も経たない内に返信が返ってきた。
『From:山田健太 件名:www
うるせぇよ! 自分は舎弟のくせに不良の“ふ”にも掠ってねぇじゃんか! おれよか圭太の方がダ・サ・イww しかもおれ、男に告られるような変態じゃないww』
にゃ、にゃろうッ! 俺は携帯を握り締めた。
相変わらず切れ味の良いツッコミっつーか、なんっつーか不良になっても中身がちーっとも変わってねぇじゃんかよ、健太さん。
嗚呼、畜生、キャツをぶっ飛ばしてぇ……あの調子乗りのジミニャーノめ! いや元ジミニャーノ! 似合いもしないくせに不良っぽくしやがって!
「ケ、ケイさん?」
壊れんばかりに携帯を握り締めて小刻みに震えている俺を気遣ってくれるキヨタに、
「何でもない」
笑顔は見せるけど絶対顔が引き攣っていると思う。
そうこうしている間にも、またメールを受信する。
相手はやっぱり健太。
さっきとは打って変わって、シリアスムードが漂うメールだった。
『From:山田健太 件名:まだ間に合う
なあ圭太。お前ヤマトさんの舎弟なる気ないのか? ヤマトさんは、お前の性格以上に、お前のチャリの腕と土地勘の高さを高く買っている。おれだってお前を敵に回したくない』
――俺だってそうだよ。お前を敵になんて回したくない。
だけど、俺が日賀野の舎弟になれるかと聞かれたら、そりゃノーなんだ。
俺はヨウを、ヨウ達を裏切りたくないんだ。
皆、恐い不良だけど、恐い以上に良い奴だって知っている。
健太、もしお前がそっちのチームにいる理由が俺と同じなら、分かってくれるだろ? 俺はヨウ達を裏切りたくない。友達だから。
『健太はこっちに来れないのか?』
俺は敢えてメール内容を返答せず、短い質問をぶつけた。
三分も経たない内に返信が返って来た。
『From:山田健太 件名:無題
ヤマトさんを裏切れない。ヤマトさんは仲間を大切にする。おれ等を大切にしている。つるんでる面子もそう。いい奴等ばっかだ。きっと……圭太もそうなんだろうな。やっぱ……回避は無理か。
……圭太。お互いのためにも、チームのためにも、おれ達は決着をつけよう。このままじゃ、互いのチームに迷惑を掛けちまうから』
決着……。
それがどういう意味を含んでいるのか俺には容易に理解できてしまった。
顔を歪めて携帯を閉じる。重たいメールを寄越しやっがって。簡単に返せないっつーの。
今の時代、便利過ぎるよな。
携帯のメール一つで長年付き合ってきた奴と、簡単に関係が壊れそうなのだから。便利過ぎて不便だ。
あーあ、決着だってよ。
中学三年間、あんなに仲良くしてたのにな。いつも一緒にいたのにな。田山田ってコンビ名付けたのにな。
あ、お前は山田山ってコンビ名を付けたっけ。
なんでこうなっちまったかな。
俺がヨウの舎弟になったのが悪いのか、それとも不良になっちまった健太が悪いのか。
俺達両方の選んだ道が悪かったのかな、健太。
別の高校に行っても遊ぼうな、と約束もしていたのに……結局両指で数えられる程度しか遊べていないぞ、俺等。
「ケン、此処が分からんじゃいじゃいじゃい。って、携帯弄ってないで、教えんかい!」
「あ、すみませんアキラさん。えーっと、どこですか?」
ケン、か。
お前……今はそう呼ばれているんだな。俺はケイって呼ばれているよ、健太。
やっぱ俺等、あだ名を付けられても一文字違いなんだな。
苗字反対の名前一文字違い。最悪なことに今じゃ、お互いに対立しているチームにいる。
どういう理由で健太が向こうにいるか分からないけど、あいつはチームに溶け込んでいる。俺のトラウマ不良を心底慕っているようだ。
健太、お前はお前でチームメートのことが好きなんだな。
分かるよ。俺も好きだもん、今のつるんでるチームメートのこと。
チームのために動きたいと思う。
不良は恐いけどさ、ヨウ達と一緒にいると怖くても頑張ろうと思う自分がいる。お前もそうなんだろ?
――でもちょっとばかし、失うもんが大きいよ。健太。
「ケイさん」
ぼんやりしている俺に、おずおずと声を掛けてくれるキヨタ。
憂慮を含んだ瞳を跳ね除けるように思いっ切り笑って見せた。
気持ちを隠し、素手でボックスからプチパンを取る。
駄目だな、此処で落ち込むなんて。
落ち込む時は俺の部屋だ、部屋。
今は何があってもノリで乗り切ってやるぜ。
あ、今の洒落になっちまうな。笑えない洒落だ。
冷えたプチパンケーキをひたすら噛み締める。甘いリンゴソースがかかっている筈のプチパンケーキが塩く感じる。
どうしてだろう? このプチパン、とても塩っ辛いや。