青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
◇
本日をもって、めでたく追試が終わったヨウはたむろ場で携帯を弄っているところだった。
忌まわしい追試が終わったにも拘らず、ヨウの顔は険しかった。
決して追試の出来が悪かったわけではない。
寧ろ、響子その他諸々のスパルタ的な勉強法により定期テストより出来は良い筈だ。数学に関しては高得点を狙えるだろうと確信していた。
ではヨウの表情が険しい理由は何か。
原因は一つしかなかった。
携帯を閉じて、ヨウはグルッとたむろ場を見回す。
仲間内の殆どは此処、スーパー近くの倉庫裏に集まっている。
そう“ひとり”を除いては全員顔が揃っているのである。
ヨウは溜息をついて己の携帯に目を落とす。
数日前から何度も着信やメールを送っているのだが、相手から返事は無い。舎弟から一切連絡が入ってこない。
今日は水曜日、舎弟と連絡が取れなくなって早四日。
連絡がつかなくなったのは追試前日。
皆で集まって追試の勉強を見てくれる筈の舎弟がドタキャンどころか無断で欠席した。
どんなことがあってもメールの返事だけは早い舎弟。
その舎弟がメールさえ返さないなんて。
ヨウは土曜の出来事を思い出していた。
ケイは向こうのチーム“山田健太”と呼ばれる中学時代の友と絶交宣言をした。
ケイには悪いと思いながらも素性を知るために弥生に頼んで山田健太について調べ上げたのだが、それはそれは味の悪い結果報告なもので、ケイと山田健太は中学時代に親友と称すべき仲の良さを誇っていたらしい。
三年間、同じクラスであり、誰より仲が良く、毎日のようにつるんでいたと情報役は教えてくれた。
しかしケイは彼と絶交した。
互いに対立しているチームに属しているその現状と己の立場を弁えて。
それで終われるならケイだって苦労はしていない。
傷付く現実だったからこそ、彼は泣き崩れたのだ。想像を絶する苦痛だったに違いない。
(ケイは負けず嫌いだ。弱みを見せることを極端に嫌っている)
けれど、あの時のケイは虚勢すら張れず、自分の前で崩れた。
あんなにも弱ってしまったケイを見るのは初めてだった。
もういいのだと諦めを見せ、自分に言い聞かせていたが……その姿は痛々しかった。
ケイは“因縁”でグループ分裂した自分達と違って自分の意思で相手と決別したわけでない。
自分の立場とチームの友情を守るために、相手と決別せざるを得なかったのだ。
相手もそれを十二分に分かった上で決別したのだろうと、ヨウは考える。
(俺達を選んだ結果が、ケイを傷付けることになった。か)
ヨウは眉根を寄せ、携帯を握り締めた。
自分のせいではないと分かっていつつも己が安易にケイを舎弟にしたから……と、脳裏に責任という二文字が過ぎる。
無論、ケイは自分を責めていたわけではない。
ただ境遇に苦言していた。決別した友を思って心痛を抱いていたのだ。
連絡がつかなくなってしまったケイは今頃、塞ぎ込んでいるのかもしれない。
あれだけ打ちひしがれていたのだ。簡単に立ち直れという方が無理だろう。
『ヨウ、嘘でもいい。正しいって言ってくれ』
懇願してきたケイに、嘘でもいいから“正しかった”と言ってやるべきだったのだろうか。
判断をミスってしまったのだろうか。
言ってやれば、ケイは傷心を抱きながらも此処に来てくれたかもしれない。
メールの返信をしてくれたかもしれない。
ケイはいつだって自分のことを理解してくれていた。
さり気なく陰から支えてもくれていた。なのに逆の立場になった途端これだ。
(ダセェ……何が舎兄だ)
舎弟に何も出来ないなんて……ヨウは自分の非力を自嘲した。
「ヨウ……ケイから連絡は?」
自分の世界に浸っていたヨウは副リーダーの呼びかけにより我に返る。
力なくかぶりを振ると、「そうか」困ったものだとシズがぼやいた。
それ以上の責め立てる声は上がらない。
彼なりの気遣いが垣間見えている。
既に仲間内にはケイの一件が知れ渡っている。
ヨウ自身が望んで皆に話したわけではないが、チームである以上、この件は話しておくべきだと判断した。
それ以前に、ケイと山田健太とのやり取りを見ていた弥生達の方から尋ねてきたのだ。
舎弟の名誉のために泣き崩れたことは伏せ、ヨウは一部始終を伝えた。少しばかりケイが傷付いている――と。