青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
「兄ちゃん。熱は大丈夫? ん? ポカリは机に置いているよ。ゼリーは冷蔵庫だけど食べる?」
居間からひょっこりと顔を出し、廊下の向こうに呼びかけをする浩介。
熱という単語で二人は理解する。
浩介の放った入院の意味を。
ああなんだ、精神崩壊を起こしていたわけではないのか。
ホッと安堵の息を吐く二人を余所に、
「あんね。そっちに行っていい?」
と浩介。
OKの返事をもらったようで、彼がおいでおいでと手招きしてきた。
浩介の後を追うため、ヨウとシズも腰を上げた。
「体調が悪かったんだなケイ」
変な誤解を抱いてしまった。
疑ったことに悔いてしまうとヨウは自嘲し、
「はやく仲間に伝えないとな」
シズも決まり悪く笑う。
ケイの自室に立つ。
先に襖の前に立っていた浩介が、ちょっと待ってて欲しいと頼んでくる。
病人を気遣ってのことだろう。
二人は承諾した。
「兄ちゃん入るね」
襖を少し開け、浩介はその身を間に入れ込んだ。
数秒後、向こうから微かに会話が聞こえてくる。
隙間に耳をすませると、
「え。ヨウ達が来ているって?」「うん。お見舞いだって」「お見舞い?」「携帯に連絡したらしいよ」「……携帯」
会話が途切れる。
「アァアアアアアッ! やっべぇええええっ、あいつ等に連絡してねぇよ俺ぇえええ!」
程なくして掠れ声の絶叫が聞こえてきた。
直後、盛大に嘔吐くような咽る声。
ドッタン、バッタン、「イッダ!」物音に呻き声。
「うわぁああ兄ちゃん!」
何しているのだと浩介の悲鳴。
二人はアイコンタクトを取る。
向こうの世界は混乱に包まれているらしい。
バン――!
勢いよく襖が開かれた。
そこに立っていたのはまぎれもなくケイ本人だった。
寝巻き姿のケイはゼェゼェ息を吐き、二人の姿を見るや否や、
「ごっめん!」
両手を合わせて謝罪してくる。
後ろでは浩介が寝てないと駄目だとてんやわんやしてるが、ケイはそれどころではないらしい。
「ご、ごめん! マジごめん! 連絡を入れてなかったから、わざわざ来てくれたんだよな?!」
携帯を片手に青褪めた(しかし顔は真っ赤)顔で、
「こんなことになってるなんて!」
何度も頭を下げて謝罪してくる。
膝をついてくる彼は、もはや土下座する勢いだ。
何度も頭を下げてくるケイに二人の方が慌てた。
「馬鹿! 寝とけってケイ。こっちもこんなことになってるなんて知らなかったんだ」
「いや、マジほんっとごめんっ、後日、ちゃんとお詫びするからっ……! ちょいメールを見る余裕無くてさ。着信まで入っているしっ、なんで気付かな……ごめっ……あー……っ……らぁー?」
「け、ケイ……!」
「兄ちゃん!」
ふらっとよろめき、ケイはその場に崩れた。
慌ててヨウが体を受け止める。
どうやら眩暈が襲ったようだ。
天井がぐるぐる回っていると病人は顔を顰め、額を手の甲を当てた。
その内、口を閉ざしてしまう。
「お。おい?」
ヨウが恐る恐る声を掛けると、ケイはのろのろと片手を口元へ。
そのまま覚束ない動作で立ち上がり、壁に手をあて、少し待っててくれるよう小声で頼んできた。
「ちょい……気持ち悪っ……部屋で待っ……やばい。死ぬ」
ケイは不調を訴えた。急に起き上がり、矢継ぎ早に喋ったせいだろう。
暫く部屋で待ってくれるよう指示し、ふらつく体に鞭打って部屋を飛び出してしまった。
「兄ちゃん。洗面器はこっちー! 間に合わなかったらこれね!」
後を追う浩介。
バタンと聞こえてくる大きな開閉音に、浩介の心配する声。
ケイが何処に篭ってしまったのか、容易に想像が付いてしまったため、二人は決まり悪く顔を見合わせる。
バッドタイミングで訪問してしまったようだ。