青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
【交渉三日後:午後8時10分】
大通りの一角にそびえ立つ、交差点四つ角の某ビル二階ビリヤード場にて。
コツコツ、コツコツ、コツコツ。
塗装されていないコンクリート肌剥き出しの階段を一歩一歩のぼる。
わりと広い階段はヒト二人分が並んで歩けるスペースがあった。
でも切れそうな電灯がチッカチカチカと発光しているせいか、階段一帯は非常に不気味だ。何か出そう。それこそ幽霊とかな!
……言ってて恐くなった俺、阿呆だ。
いや、この後、幽霊よりも恐い場所を訪れるんだけどな。
俺達が向かっている場所は浅倉さん率いる不良チームのたむろ場なんだからな。
嗚呼、初めてだよ。他の不良チームのテリトリーに入るなんて。
ううっ、一生体験したくないことを俺は今、身を持って体験しようとしている。
田山圭太、もしかしたら今日で人生が終わるかもしれない。
……い、嫌だ、俺にはまだ夢も希望も願望もあるんだ!
そりゃ今日(こんにち)の日本は就職難で氷河期を迎えているけど、若人の人生もお先真っ暗で恐いけど、それでも俺は人生を楽しく生きたい。
集めている漫画も連載終了まで見届けなきゃいけないし、ゲームだって山のようにしたいし、もっと青春人生エンジョイしたい。
できれば一度でいいんで甘酸っぱい恋愛をしてみたい。
彼女だって持ちたいよ。
長い目で見て三十年の間に、一度くらいは……な?
(はぁーあ……大体なんで俺まで駆り出されているんだろう)
留守番しておきたかった。
いいよなぁ、留守番組は。
どうして俺は留守番組に入れなかったんだろう。
小さな小さな、でっも、ふっかーい溜息をついて肩を落とす。
今日は浅倉さんチームに協定の返答をしにたむろ場を訪れているんだ。
放課後、協定の最終確認をチーム内でして、その答えを持って行くためにこうやって訪問しようとしているんだけど……全員で行く必要も無いだろうとヨウは副リーダーのシズ、悪知恵の働くワタルさん、そして機転の利くハジメを指名して一緒に来いと命令し、他は待機しておくよう告げた。
正直、他の不良チームのたむろ場に行くなんてごめんだった俺はやったぜ、留守番組だ! 能天気に喜んでいた。
だってなぁ?
どんなに不良チームに身を置いているとはいえ、やっぱり不良とは極力関わりたくないわけだ。
身内ならともかく他の不良チームに赴くなんて……返答をしに行くとはいえ、顔は出したくない。
俺のチキンハートがそう言っている。
だからこそ俺は大いに喜んで、留守番組と一緒に「いってらっしゃ~い」手を振って見送ろうとした、ら、モトに思いっきり頭をはたかれた。
「ウワァアアア! ケイさんに何するんだよぉおお!」
キヨタがギャンギャン喚いていたけど、モトは構わず俺の背中を叩き押す。
「ケイ! なにボサッとしてるんだ、アンタも行ってくるんだよ! ヨウさんの舎弟だろ!」
「え゛? 俺も?」
素で驚いていたら、お前は喧嘩を売っているのかと言わんばかりモトに胸倉を掴まれてぐわんぐわん揺すられた。
「ケイさんに失礼なことしないでくれよぉぉおおお!!」
ヨタは発狂しそうな勢いで止めてくれるけど、
「アンタ。バッカだろ!」
モトも発狂しそうな勢いで吠える吠える。脳天に響くほど吠える吠える。
「舎弟がついて行くのはあったり前だろぉおおお! アンタ、オレにぶっ飛ばされたいか! ヨウさんの舎弟として自覚足りないんじゃねえの!」
「えええっ、でも指名されて「ケーイ、何しているんだ。テメェも行くんだぞ。テメェは俺の舎弟なんだからな」
「………ケイセンパイ、アンタ、なんか言うことは?」
「………ハハハ、ボク、シャテイとして行ってキマスネ。モトクン」
ギッと眼光を強くさせる中坊に怖じながら、俺は綺麗に引き攣り笑い。
うそーん。俺も行くの?
だって指名されなかったじゃんかよ。
指名されなくても舎弟は常日頃から舎兄に付いて行かなきゃいけないってヤツ? アニキ、おいらぁ不束者っすが何処でもお供しやすぜ! 的な?
……だったらぬか喜びにもほどがある!
嗚呼、折角、不良の巣窟に足を踏み入れずに済むと喜んでいたのに。
こんなことなら最初から言っておいて欲しかったぜ! フェイクなんていらなかった!