青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―



「庸一くん」



ポンッと軽く肩を叩かれる。

弾かれたように顔を上げたヨウが、背後を顧みると柔和に綻ぶ中年のリーマンが立っていた。

ケイの父親だ。
舎弟の面影を感じさせる中年リーマンのこと、ケイの父は「こんばんは」ぺこっと会釈をしてくる。


そのためヨウもつられてぺこりと会釈。

何事もTPOだ、TPO。礼儀正しく、だ。


「こんな時間にイケメンくんに会うなんてラッキーだなぁ。何をしているんだい?」


問い掛けにヨウは困ってしまう。

まさか今から舎弟宅に向かい、金を借りに行く予定でした、なんて言える筈もない。


決まり悪く頭部を掻き返事を考えていると、空気を読まない腹の虫が大きく鳴く。


顔を紅潮させるヨウに何かを感じたのか、


「もう十時過ぎだね」


腕時計で時間を確認したケイの父がヨウの隣に立ち、そっと背中を押す。


「うちに来なさい。圭太なら家にいる筈だから」

「え、いや俺は」


尻込みするヨウに、

「大人を頼りなさい」

遠慮はいらないとリーマンが目尻を下げる。


言わずも事情を察してくれたのだろう。


寝床に困っているヨウに向かって、ケイの父は歓迎すると笑声を漏らす。


大人は嘘つきばかりで、簡単に信用が置けないと思いがちのヨウだが、この大人の嘘偽りない笑顔には信用が置けた。

ケイの父だからこそ信用ができたのかもしれない。


「ただし」


ケイの父がしっかりと釘を刺してくる。


「田山家のルールは父さん中心だよ、庸一くん。つまるところ、主導権は一家の大黒柱である父にある。君も例外じゃない。庸一くんがイケメンであろうと、母さんがその顔にメロメロだろうと田山家のルールは父さんなんだ」


ケイ曰く、父は極度の電波人間らしい……が、間の抜けた顔を作るヨウが表情を崩すのはこの直後。


「おじちゃんのそういうところが好きだな」


客人扱いをせず、家族同然の扱いをしてくる舎弟の父が大好きだとヨウは純粋に思った。


舎弟宅に着くと、玄関口でケイの母親に笑顔で出迎えられた。

エプロン姿の彼女はヨウがいると分かるや否や、いつも以上に飛びっきりの笑顔を向けてくる。


それに夫は思うところがあるようだが(「母さんの薄情!」)、構わず彼女はヨウを歓迎した。


一応、アポなしにお邪魔したため、挨拶と事情を説明しようと思ったのだが、次の瞬間、笑顔のまま彼女の弾丸トーク開始。


「いらっしゃい庸一くん。夕飯は食べてきた? 今、圭太がお風呂に入っているんだけどまだあの子も夕飯を食べてないの。一緒にどうかしら? 今日の献立が庸一くんのお口に合うかどうか分からないんだけど「いや俺は」


まずご挨拶をしたいんだけれど。


「ほっぺ腫れていない? 怪我をしているの? まあ大変、口端が切れてるじゃない! 圭太、救急箱っ! って、あの子お風呂に入っているんだったわ! ああああ何処に仕舞っちゃったかしら救急箱! どこかに仕舞っているとは思うんだけど「あの、おばちゃん」


事情を説明したい、んだ、けど。


「浩介なら知っているかしら。あの子、今、部屋でゲームしてる筈よね。浩介、ちょっと救急箱知らない? 浩介、こーすけ「おば……行っちまった」


話すだけ話したケイの母は踵返して浩介の自室へ。



呆然と見送るヨウの肩を叩き、ケイの父が上がろうかと声を掛けてきたため、取り敢えず上がらせてもらうことにする。


こんな予定ではなかったのだが、完全に田山家ペースに呑まれてしまった。


ケイの父と共に居間にお邪魔すると、丁度風呂から上がったケイが台所で茶を取り出している真っ最中だった。


タオルでゴシゴシと髪を拭きながら、コップに茶を注いでいるケイは帰宅してきた父とヨウの姿を一瞥することも無く、お帰りと挨拶。


「おかえり。何だか母さんが煩かったけど、どうかしたの?」

「ああ。庸一くんのことで母さんが興奮しているんだよ」


「またかよ。母さんは友達に対してはめちゃくちゃ良い顔するからなぁ。俺もあんな風に甲斐甲斐しく世話してもらいたいや。夕飯は?」

「父さんは今日、軽く飲んできたから。庸一くんはまだだよね?」


「あ、はい」


「そっかそっかそっか、んじゃ母さんには俺とヨウの夕飯を頼んでもら……ん? なんかさっきから会話に違和感が。
なんでさっきからヨウのなま……はいぃいい?! ヨウ本人出現?! うっわぁああ! 茶が零れたぁああ?! てか、どうしたヨウ、その顔! 喧嘩か?! 問題が遭った?! いや問題は茶が零れてるこの状況だけど、何があったし?! 取り敢えず夕飯は食ったか?! なんならご一緒に!」


しっちゃかめっちゃかの言葉を飛ばし、零れた茶をそのままに駆け寄って来るケイは「大丈夫かよ」と心配を口にしてきてくれる。


「あー……」


ヨウは頬を掻きつつ、ケイの言葉に対して先程考えていた言葉を口にすることにした。


「夜分遅くにお邪魔している……ケイ」


今更感あり過ぎて意味ねぇ。

そう思ったのはヨウだけの秘密である。



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