青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
「いやでも最初はさ」
蓮さんは、太陽の光できらきらと輝く川面を見つめながら思い出話を聞かせてくれた。
「和彦さん、周りが見えない人だから……何かと舎弟は苦労していた記憶があるんだ。所構わず喧嘩しては恨みを買って。とばっちりのように喧嘩が俺のところまで飛び火してくるし」
「分かります。俺の舎兄もそうです。『お前が荒川の舎弟か!』とか言われて、戦闘開始。俺は蓮さんみたいに喧嘩なんてできるタイプじゃないので、逃げてばっかりです」
「チョー苦労するよな。周りの見えない舎兄って。なんで俺まで喧嘩売られるの? 的気分にならね?」
「なりますなります。『はあ? 俺、カンケーねぇって!』とか心の中で毒づいて、結局は飛び火を有り難く頂く、みたいなカンジですよね」
深々と頷いて見せたら蓮さんが一笑、俺も一笑を零した。
話すだけで分かる。俺と蓮さんは馬の合うんだって。
蓮さんは不良さんで髪は真っ赤、ガタイもいいけれど、ちっとも恐くなかった。親近感を抱いているせいなのだろうか。
丸々太った鳩の群れが俺達を興味ぶかげに見つめている。
大方、俺のたい焼きを狙っているに違いない。
無数の小さな視線を浴びながら、尚も平然とたい焼きを口に運ぶ。
「俺ですね……」
少し間を置いて、自分でもあまり触れたくない過去話を蓮さんに打ち明かした。
「こうやって今は平々凡々とヨウの舎弟をしていますけど、実は俺、一度ヨウを裏切っているんです。ヨウに話せば未遂だと言ってくれるんですけどね。
対立している向こうの頭に舎弟を誘われて、友達を人質にされて、力で脅されて。弱い俺は向こうの舎弟になるしか方法はないと思い込んで……気持ちはもうヨウを裏切っていました」
たい焼きを齧る。あんこの甘味が不思議と遠のいた。
「向こうの舎弟になることで友達が救えるなら、それでもいいや。どうせ、成り行きで舎弟になったんだし。そんな軽はずみの気持ちを抱いていました。
結局、人質になっていた友達が俺を止めてくれたから、寝返りは未遂で終わったんですけど。
もし止めてくれていなかったら俺は、確実に舎兄を裏切っていました。いや、未遂でも俺はヨウを裏切りました」
相手の持っているミネラルウォーターのペットボトルが日差しによってきらきらと輝いている。眩しさを感じた。
「あいつは俺のピンチを知って当然のように助けにやって来てくれた。なのに俺は……裏切ろうとしたその気持ち、そして俺自身に嫌悪しましたよ。
嗚呼、なんで俺はあいつを裏切ろうとしたんだろう。他に方法はなかったんだろうか? ……そっか、俺が弱いからだ。弱いから簡単に裏切ろうとしたし、力がないからヨウの足手纏いになってばかりなんだ」
許せなかった、情けなかった、惨めだった、こんな自分が。
当時、仲間内から疑心を向けられ、俺は自身の弱さと我が身可愛さに裏切ろうとした卑屈な感情に嫌悪。
もうヨウの舎弟には向いていないと挫折し、あいつに申し出た。
『舎弟は別の奴がいいんじゃないか』と。
でも結局あいつは俺を舎弟として選んだ。
舎弟問題が勃発し、俺より適正な不良が現れてもあいつは俺を選んだ。
いつだってあいつは俺を選んでくれた。
「貴方を追って来たのは過去の自分を重ねてしまったから、なんでしょうね。俺は蓮さんの気持ちがすごく分かるんですよ。
浅倉さんや仲間が歩み寄ってきても、言葉そのものを拒絶してしまう気持ち。
こんな状況しか選べなかった自分が何より、許せないんですよね。俺もそうでした。弱い自分が誰よりも許せなかったです」
「――なんか、舎弟の境遇まで似ているんだな。舎兄の気質もソックリだし、変な縁だよな」