青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
蓮さんは俺の身の上話に苦笑い。
たい焼きを食べ終わる俺を合図に腰を上げ、飲みかけのミネラルウォーターをこっちに投げ渡して移動を始める。喉を潤すと急いで彼の背を負った。
蓮さんは俺を置いて行く気は毛頭なかったようで、行く先で待ってくれていた。
俺が隣に並ぶと歩調を合わせて歩き始める。
彼には向かいたい場所があるようだ。黙って隣を歩く。
「分からないんだ。これから先、どうしていけばいいか俺には分からない」
彼は俺にそっと吐露してきてくれる。
横顔を見つめると、途方に暮れたような面持ちを作っていた。
蓮さんは言う。
この一ヶ月、自分は榊原チームを内側から崩壊させることを目指してきた。
そして浅倉さんと、そのチームを勝者にして『エリア戦争』と自分達のチームを終わらせることを心の底から望んでいた。
目的を達成した今、自分は途方に暮れている。
目指すものが何もなくなり、毎日のように自責の念に駆られているのだと彼。
気の置けない仲間達を裏切ってしまった現実に打ちひしがれ、自分の弱さに嫌悪し、仲間内に恨まれているのではないかと恐怖している。
向こうの話を聞く勇気も持てない。
そんな臆病な自分が許せないんだと俺に教えてくれた。
コンクリートで固められた石の橋の上に立つ。
背後には片道二車線が通っているせいか、車の行き交いが忙しい。
橋の下では別段綺麗とも言えない川が流れている。
「ここお気に入りなんだ」
蓮さんが頬を崩す。
夕焼けがよく見えるから好きなのだそうな。
川面に映る赤い日の色に目を向けると確かに綺麗だと思った。
川の水は濁っていて底が見えないけれど、川面は煌びやかに日を反射している。
手に取りたくなる輝きだった。
「俺自身はさ、仲間達が和彦さんのところに戻ってくれたら嬉しいと思っているんだ。あいつ等は榊原なんかよりも、和彦さんの傍にいた方が生き生きとしているから。勿論、俺の下にいるよりもずっといい」
通り過ぎていく車の排気ガス臭さを感じつつ、
「貴方は?」
ごつごつ、ざらざら、とした石造りの手摺を触りながら、俺は蓮さんを流し目にする。彼は肩を竦めた。
「俺は戻らない。もう決めているんだ。和彦さんに背を向けたその日から」
「仲間は良くて蓮さんは駄目なんて、そんなのお仲間は納得しませんよ。蓮さんが戻らないのであれば、貴方と手を組んだ同志も戻らないと思います」
いや、あいつ等は戻らない。
俺達の前ではっきりと意志を伝えてきた。今のリーダーは蓮さん、彼が戻らなければ自分達もチームには戻らない、と。
「気のいい馬鹿だからなあいつ等」
微苦笑を零す蓮さんは自分に構わず、チームに戻ってくれていいのに、と本音を漏らす。その方が自分も気が楽だという。
戻りたくないのか?
問うと、戻れないのだと彼は素直に自分の感情を教えてくれる。
舎兄を裏切ったあの現実が自分を諌め、淡い期待をいつも打ち砕く。
本当は舎兄に誘われて嬉しかったくせに。
蓮さんは苦い顔を浮かべた。
その中に笑みは見受けられない。
嗚呼やっぱり彼の気持ちは痛いほど分かる。
未遂でも同じ運命を辿ろうとしていた俺だ。
気持ちは胸が張り裂けそうなほど分かる。
「蓮さんがそう思っていても、結局……仲間は放っておいてくれないんですよね。逃げれば逃げるだけ追い駆けてくる。そうじゃありません?」
切れ間なく自責をする不良に力なく笑みを向けた。
俺は舎兄や仲間に教えられた。
現実から逃げれば逃げるほど、その苦しみは長引くことを。
またもがき苦しむ自分を見て仲間達が心配することを。
心配じゃなく迷惑を掛けろ、これはモトが俺に言い放った言葉だ。
心配は迷惑よりも迷惑を掛ける。余計な気苦労や気疲れをさせる。今の蓮さんはまさしく迷惑ではなく“心配”を掛けている人間だ。
仲間達に本音すら見せず、何も言わないで自己完結したって向こうは納得しない。
ただただ蓮さんが自責している姿に憂慮を向けるだろう。
「俺はヨウに沢山迷惑を掛けてきました。裏切りもしました。弱く情けないところも見せてきました。喧嘩もできない足手纏いです。
それでも舎弟を続けています――気持ちさえ通じ合えば何度だってやり直せるのだと、俺は思うんです。もしも自分が許せないなら」
言葉を待つ彼に満面の笑顔を作ってやった。
「自分が自分を許せるようになるまで行動すればいいと思います。人生楽しまなきゃソンソン、行動したモン勝ちですよ」