青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―







河原に下り立った蓮はタイマンを張りたいと言い出した元舎兄の様子をまじまじと観察する。


純粋な疑問ばかりが胸の内を占める。


どうしてこの人は去り行く自分の背を追い駆けてくるのだろう。

こんなにも拒んでいる面倒な人間を何度も追い駆けてくるような真似をするのだろう。


自分だったら、こんな人間なんてすぐにでも見捨てるというのに。


重傷者にも容赦なくタイマンを張るであろう元舎兄に傷付けられる恐怖はない。否、自分はそれを望んでいるのだろう。


「いいか。俺が勝てば言うことを聞けよ」


念を押してくる浅倉を見つめると、

「アンタに勝てば諦めてくれるんだろう?」


条件を確認する。


首肯を示す浅倉に分かったと返事し、蓮は首に掛けていた固定用の布を外す。

右腕の骨にヒビが入り、到底動ける状態ではないのだが、これっきりと思うと動かせないほどでもない。


「おりゃあサシでやりてぇ男だ。利き腕を使わねぇ」


つまるところハンデをくれるのだという。

この男は忘れているのだろうか。

自分が護身術を習っていた男だということを。

利き腕が使えなくとも、有利なのはこちらだというのに。


(足場は石ばっかの砂利。動きにくいな)


準備はいいか。

元舎兄の質問に頷くと彼は意地悪な笑みを浮かべ、

「勝ってお前を捕まえる」

覚悟しろと吐き捨て地を蹴った。


最初から猪突猛進。
自分が怪我人など念頭にもないのだろう。

利き腕は使わないと宣言した男は、言葉通り、左腕を振って拳を下ろしてくる。

体を反らして避けるが、反撃の拳は触れなかった。

負傷しているのは右腕だけではない。


肩もまた負傷している。

簡単に腕が上がらない。


眉をひそめた蓮は腕が使えない分、足で振り上げて反撃に出る。


相手のバランスを崩すために右のこむらを狙う。

掠めた程度で避けられてしまった。


勢いが足りなかったのだろう。


一旦距離を置くために後ろへ飛躍。


(やべぇ。普通に体が動かねぇよ)


大体、全治三ヶ月の怪我を負っている人間がタイマンなど張れるわけないのだ。

元舎兄もそれは分かっている筈なのに、どうしてタイマンなど申し出たのだろう?

自分に恨みがあるのならば話は別だろうが、彼の場合はそうではない。


そんなに自分を舎弟に戻したいのだろうか?


既に彼には多くの仲間がいる。

新たな舎弟も作り、頼れるチームメートも増えた。自分なんて居ても居なくても同じだと蓮は卑屈に思って仕方がない。



そもそも自分も何を考えているのだろう。

こんな体でタイマンなど張れるわけもないのに。負けは目に見えているというのに。


怪我を完治させてからタイマンを張れば、八割の確率で元舎兄に勝てる。確信があるのに。



舎兄の猪突を防ぐために蓮は自分から仕掛ける。



不能である右の手を振って相手の脇腹を狙うと、左の手で受け止められた。相手は片腕しか使えない。

チャンスだと考えた蓮は己の左手を振り上げるものの、先を読んでいた元舎兄がそのまま腕を引き、体勢を崩しにかかる。

前のりになる蓮は考えた。


このまま相手の膝蹴りが来る可能性もある。


その前に相手の腕を掴み、この勢いを利用してしまえば、体勢を崩し返して膝蹴りをお見舞いできるかもしれない。

だが脳裏に過ぎる体に染みついた動きは実行できずにいた。

心の片隅で思っているのだ。


追って来た舎兄を傷付けられる筈ない、と。


尊敬する彼のためならば、裏切ってしまった舎兄のためならば、彼を背負うチームのためならば、汚れ役でも何でも買うと決めたあの日。

彼等に勝利をもたらし、すべての終わりを掴むと決意した。


なんだってやると決めた。


それが彼等を傷付ける言動であったとしても。


だけど今は目的がない。

あるとすれば、本当の終わりを掴むためのケリ。本当の終わりを、自分は。



「蓮、これですべて終わりだ――!!」



鳩尾に強い痛み。脳天を貫く。

あ、やばい。これは意識が遠のく。

蓮は自分の身に降りかかった災難を前に心中で苦笑する。嗚呼、元舎兄は容赦がない。本当に容赦が、ない。


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