青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
浅倉の肩を借りて立ち上がる。
未だに痛む鳩尾のせいで膝が笑っているが、すぐにこの痛みは治まることだろう。
この痛みを与えた犯人は加減ができなかったことに対し、反省の色を見せているが蓮は謝らないで欲しいと切に思った。
彼は自分の頑固な性格を決壊させるために進んで悪役を買ったのだ。
正々堂々が好きな男にとってこのタイマンは爪先も望んでいなかっただろう。
しかし頑固者の説得にはこれしかないと思い、タイマン勝負を申し出たのだ。尤も、偽悪者にもなり切れていなかったが。
「蓮」
浅倉に名を呼ばれる。
含みある声音、きっと先程の返事を待っているのだろう。
蓮は夕陽を捉えている川面を見つめ、見つめ続けて、ふっと肩の力を抜く。憑き物が落ちたような気分だ。
未だに自分を許せそうにない。
彼がどれだけ慰めてくれても、蓮が蓮を許せなければ結局終わりはないのだ。
けれど、何処からともなくナンパしてきた地味くんは言ってくれた。
許せるまで行動をすればいいと。
許せるその日がくるのか蓮には分からないが、行動を起こさずうじうじするよりかはマシだろう。
これから先、何度も自分は過去に挫折し、彼に迷惑を掛けることがあるだろう。
だが心配よりも迷惑を掛けた方が断然いいと、地味くんは言ってくれた。
なら、少しだけ彼に寄りかかろうか。
「いた! 和彦さん、蓮!」
いや、彼等に、かな。
浅倉と共に振り返る。
二代目舎弟の桔平と副リーダーを務めている涼が駆け寄って来た。
彼等は蓮にとって浅倉の次に気の置けない、大切な仲間だった。
「おめぇ等。先に帰ってろって言ったじゃねぇか」
目を丸くする浅倉に対し、冗談じゃないと桔平が食い下がる。
分からず屋の頭をかち割るまで地の果てまで追い駆けるのだと蓮を指さした。涼も同意見らしく、微苦笑を浮かべて肩を竦めている。
優しくない奴等だ、誰も自分を放っておいてくれない。
だけど、それがこいつ等の良さなのだと蓮は知っている。
「一ヶ月前の時間に戻った気分だ。和彦さんがいて、涼がいて、桔平がいて。もう戻らない時間だと思っていたのに」
そっと語り部に立つ。
戻るのだと返す浅倉に首を横に振り、一ヶ月前の時間には戻れないと蓮は言い切る。
何も知らなかった頃と今は違うのだ。
あの頃にはきっと戻れないだろう。
ただ、彼は罪の意識に苛む自分に終わりをくれた。くれたのだ。
「あの頃には戻れない。だけど作りなおせることはできる。そう信じてもいいでしょうか?」
新たに己の舎兄となる男を瞳に捉える。
勝気な瞳は強い光を宿して返事した。
「作りなおせるさ。おめぇと、副の涼と二代目舎弟の桔平。そして気のいい馬鹿達と、作りなおせるさ。俺が証明してらぁ」
自然と頬を崩したのは直後のことだ。
「負けました和彦さん。今度は二代目と共に貴方を支えましょう。ただし戻さなければ良かった、と後悔しても知りませんからね」
「するかよ」満足げに眦を和らげる舎兄は絶対にしないと此処で宣言する。
これが自分の望んだ末路であり、再出発なのだと口角を持ち上げた。
驚愕、一変して見る見る泣き顔を作ったのは二代目舎弟。
言葉の意味を理解した彼は「帰って来るのが遅ぇんだ馬鹿!」待ちくたびれたと叫んで飛びついてくる。
「痛ぇよ阿呆」
自分は重傷なのだと訴えるものの、桔平は知らん顔だ。
力の限り背中を叩き、崩れそうな蓮の体を支えた。
遅れて涼も歩んでくる。
「留守にして悪かったな」
「ほんとばい」
軽い挨拶をかわし、相手の手を叩く。久しぶりのやり取りだった。
「おい蓮、大丈夫か? 腹を押さえているけど」
「ああ。ちょっと和彦さんとタイマンを張ってやっちまっただけだから」
「和彦さん、蓮とタイマンを張ったとですか? 全治三ヶ月と言われた負傷者とタイマンを? ゲスか! ひどか!」
「いや、これは俺なりの考えがあってだな!」
「和彦さんゲスい」「ゲスかとです」「話を聞けおめぇ等!」
騒がしい連中だと蓮は一笑し、彼等と共に皆が待っているであろうたむろ場に向かう。
不思議なことに足取りは軽かった。
終わりの先に待っていた“始まり”を見い出した蓮の足取りは、ただただ軽かった。
⇒#12