青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
キィキィ喚き声を上げている弥生をどうどうと宥め、ワタルさんはどうしたのと苦笑。
「もしかして女の子でも電話に出た?」
ワタルさんはジョークで言ったつもりなんだけど、「馬鹿ぁあ!」煩いとばかりに弥生はバシバシとワタルさんを叩く。
うっわ、痛そう……ワタルさん、本気で叩かれているよ。
「お、落ち着いてってばん!」
さすがにワタルさんも堪えかねたのか、真面目に女の子が出たのかと聞く。
「ドヘタレハジメなんて嫌い!」
声音を張って、そっぽを向いてしまう弥生は、知らないもんと階段隅っこに移動。スンスン洟を啜った。
仕舞いには、「もうやだぁ」涙声で失恋じゃんかとブツブツ。
俺達は顔を見合わせて、重々しい空気に暫し沈黙。
その内、空気を裂いたのはヨウ。
膝を抱えている弥生に歩み、「女が出たのか?」努めて優しく彼女に問う。
頷く弥生は、
「お楽しみ中だって」
だから邪魔するなって……涙声のままヨウの問いに返答。
おいおいおい、お楽しみ中って……あいつ、二日酔いでぶっ倒れているんじゃないのかよ。
もしかしてアダルティーワールド展開中?
……なあにしているんだよ、ハジメ。それはおまっ、弥生に対する裏切りだろ。
いやでも、あいつ、ああ見えて一途そうだから、そんなことする奴じゃないだろ。
ヨウもおんなじことを思ったらしい。
「ちったぁ落ち着け」
今までのハジメを思い返してみれば、ありえないだろと弥生を慰めた。
「今度は俺が掛けてみっから。何かの間違いかもしれねぇだろ? だいったいあのヘタレが女を食えるタマかよ。童貞だろ? あいつ」
「そーそー。童貞ちゃんだって言っていたよ~ん。ケイちゃーんと同じだよ。良かったね! あ、ケイちゃーんもその内、ガオーッと」
そういうデリカシーのないお話に慣れていない俺は、どう反応すればいいんでしょうかね?
少なくとも今の俺はココロとそういう行為をやるつもりないよ!
興味があるなしに関わらず、今はココロを大切にしたいんだ! と、心中ではありますが胸を張って言ってみる!
口に出したらバカップルと言われかねないし……落ち込んでいる弥生の傍で、そんなこと言えるかよ。KYだろ。
俺の心配を余所に、ヨウは弥生の頭に手を置いてぽんぽんっと気を落ち着かせるように一撫で。
携帯を取り出すとハジメに電話を掛け始める。
舎兄がコールを待つ間、俺とワタルさんはアイコンタクトを取ってダンマリと昼食を胃に収めていくことにした。
こういう時、女の子になんて慰めの言葉を掛けてやればいいんだろう。
女の子がいてくれたらなぁ……弥生を慰めてくれるであろうココロや響子さんは他校生徒だから。
重々しい空気に圧死されるそうになりながら、ヨウの反応を待つ。
「出ねぇ……」
ポツリと投下された発言によって、その場の空気は鉛以上の重量感を増す。
ハジメのドチクショウ、超空気が重いぞ。
いや重たいってもんじゃない。
本当に圧死されそうだぞ。早く出ろって。
この空気の元凶なっている弥生は思い人に馬鹿と一呟きして、身を小さく丸める。
ヨウが気を利かせて何度も電話を掛けるんだけど、コールが繋がるだけ。出る気配は無い。
「もういいよ」
弥生の言葉でヨウは諦めたように携帯を閉じる。
暫く様子を見よう。
ヨウが俺達に目でそう訴えかけてきたから、俺達は頷くしかなくて……昼休み途中から俺達の間で一切会話が飛び交わなくなった。
曇り空の顔色が一層濃くなり、淀んだ空気が俺達をいつまでも取り巻いていたのだった。