青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
『ハロー。お元気? 私はお元気。ハジメちゃんどえす』
こいつ、ふざけるなよ。
俺、初めて女に対してこんなにも殺意を抱いたんだけど!
今の俺ならその女に張り手を食らせそう。
男が女に手を上げるサイテー! とかカンケーねぇ! こういう場合、男女平等だろドチクショウ。
思わずハンドルを握る手に力が篭った。
「誰だテメェ」
ヨウは挑発に対しても冷静に返答。
ただ俺の肩を握る手に力は篭っていた。
気持ちは分かるんだけど……ちょい痛い……ヨウ。大変遺憾なことに俺の肩にも痛覚があるから……あんま強く握られると痛みを感じるんだよ。もうちょいソフトに。ソフトにな?
『つまんないな』
怒ってくれないと楽しくない、ムカつくことを言ってくる女はハジメは解放するからと単刀直入に用件を告げてくる。
ハジメを解放?
どういうことだ?
眉根を寄せる俺とヨウに対し、電話向こうの女は淡々と説明。
『つまりフルボッコから解放するってこと。
まあ、どっかで野ざらしになるのがオチだと思うけど。ああ大丈夫、多分、死んじゃないと思うから。あの男、弱いくせに見栄だけ張っちゃって。あーあ、利用されてくれない男って大嫌い』
「こンの、クソアマッ。ハジメに何しやがった!」
『わぁお、怖い怖い。怒った声もイケメンくんね、ヨウサンって。何をしたか? 画像送り付けたとおりのこと。
詳細は想像にお・ま・か・せ。
これもゲームなんだから、一人くらい不能になったくらい大丈夫でしょ? じゃあね、ばっはは~い』
言いたいことだけ言って電話を切る女。
なんだよ……ゲームって。
こうやって仲間を甚振ってくれるのが、お楽しいゲームってか? なあ。
結局ハジメの居場所は教えてくれもくれなかった。
自分達で捜し出せってことかよ。解放したとか何とか言って……これもゲーム感覚で楽しんでいるってか? なあ!
俺はハンドルを切って方向転換をしつつ、怒りに身を震わせていた。
後ろに乗っているヨウは携帯を片手に、ただ黙然と俺の肩を掴んでいた。痛いくらい俺の肩を掴んでいた。
ザァザァ。ザァザァ。
雨音が勢いを増して一層地上に音を奏でている。
捜しても捜してもハジメが見つからないことに焦れたヨウは、一旦仲間を集結させることにした。埒が明かないと思ったんだろう。
それに……大変申し訳ない話なんだけど、チームの“足”と自負している俺の体力も限界にきていた。
流石に降り頻る雨の中、延々と二人分の体重を乗せたチャリを漕ぎ続けるのにも体力がいる、もう限界だ。
まだ漕げるっちゃ漕げるけど、運転する手には力が入らない。
俺の体力も見越してヨウは仲間達を集結させようと踏み切ったんだろう。
仲間達にメールをしたヨウは俺にたむろ場に向かってくれるよう頼んでくる。
交替しようか、なんて言葉は聞きたくなかったから、俺はペダルを強く踏んで最後の力を振り絞った。
どうしてもチームの“足”としてその任務を真っ当したかったんだ。ほんっと……負けず嫌いになったよな、俺も。
だけど随分遠出していたもんだから、俺等のたむろ場に戻るまでチャリでも20分時間を掛けちまった。
「悪い」
俺は倉庫前でチャリをとめて、パンパンに張っているふくらはぎを叩きながらヨウに詫びる。
時間を掛けちまった。
普通だったら10分で帰れた距離なのに、俺の思っていた以上に足は限界の限界まで達してたらしい。
ヨウは気にする事無く、
「お疲れ」
俺の肩を叩いて言葉を掛けてきてくれる。
チャリから降りて倉庫に入った。
優しい馬鹿だから入り口で俺が来るのを待ってくれている。
チャリを漕ぎすぎてガクガク笑っている俺の膝だけど、ハジメのことを思えば歩けないこともない。
ちょっと動作は遅いものの、自力でチャリを降りて、愛チャリをそのままにヨウの下に歩んだ。
縺れてこけそうになったけど、ヨウは見て見ぬ振りをしてくれた。それが俺にとってとても有り難かった。