青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
二度、重い溜息をついて廊下をトボトボと歩く。
ふと足を止めて窓に歩み寄った。
中庭と東校舎が見える窓の景色に俺は目を細めた。
もうすぐ、すべてが終わる。終わるための大仕事が待っている。
日賀野達と決着……なあ健太。
とうとうお前と全面的に対決しちまうんだな。
片隅で嫌だと対決を拒む俺がいるけど、ハジメの件を見過ごすわけにはいかないんだ。
お前自身の差し金じゃなくても、お前が身を置いているチームの差し金だったら、俺等は仇を取るために行動を起こす。
「ハジメ……」
ついついメールに添付されて送り付けられた画像のハジメの姿が脳裏に過ぎって、思わず握り拳を作った。
ズタボロのコテンパンのフライパンにしやがって。一斉送信とか悪質な悪戯しやがって。ハジメを傷付けやがっ、ポン――。
自分の世界に浸っていたせいか、肩を叩かれた俺の体は大きく飛び跳ねた。
急いで振り返れば、
「こんなところで突っ立って何をしているんだ?」
もしかして彼女のことで妄想中? だったら邪魔してごめーん、飛びっきり茶化してくる光喜の姿があった。
「違うっつーの」
不機嫌に返答する俺に構わず、ニシシと笑声を零す光喜はそばかすの散らばった頬を掻いた後、一緒に教室まで行こうと首に腕を回してきた。
そして俺の片頬を抓んでくる。
「ジミニャーノのくせに空気がピリピリしているぜ? お前らしくねぇや。いつものノリノリ空気は何処へ行ったよ。少しは肩の力を抜けばいいじゃん、学校なんだし」
「ほ~ら笑う」光喜は俺の頬を容赦なく引っ張る。
「いひぇひぇ!」
ギブギブ。
参ったと白旗を挙げると、馬鹿面をしている! 光喜は笑いながら解放してくれた。
いってぇ。加減ナシに抓りやがってからにもう。
ほんのりと赤く腫れた頬を擦って光喜を睨むけど、「怖くねぇ」しっかりちゃっかり大きく笑い飛ばされた。
「ま、俺は怖かないけど? 女子を怯えさせるのは如何なものかと思うぜ? 田山クーン」
「なっ! お前、見ていたのかよっ!」
「キャッ、田山くんコワーイ! 普通顔のくせにコワーイ! イヤン、そんな目で俺を見ないで。襲わないでぇ!」
ぶりっ子口調でからかい颯爽と逃げ出す光喜。
「この野郎っ!」
一発かますために逃げる光喜を追い駆けた。
「きゃあっ、田山くんが襲ってくるー! 俺、女子に怖がられた田山くんに襲われるー!」
「光喜マジお前っ、一発かますからな! ああ、かましてみせる! 不良の舎弟を舐めるなよ!」
「だけどそんな田山くんは不良の舎弟でもナリは変わりませんね!」
「イェーイ、俺ってジミニャーノの鏡! ……乗らすな!」
怒鳴る俺に、「それでこそ田山!」大きく笑声を上げて光喜はグングンと加速する。
背中を追い駆けながら、鈍感な俺は気付く。これは光喜なりの励ましなんだと。
いつもと空気が違うことに気付いた光喜は、いつもの悪ノリを俺にかましてきてくれた。
普段の俺を取り戻させるために。
詮索はしてこないけど、何かあったんだと空気は読める奴だから、学校にいる時くらいは力を抜けとおどけ口調で助言をしてくれる。
チックショウ、なんだよ。
友情を感じるじゃねえかよ。光喜の優しさを感じるから癪に障るなくそ。
「待てって!」
俺は光喜を追い駆けながらも、知らず知らず表情を緩めた。
不良の繋がりを持っても、こうやって俺の傍にいてくれる奴もいるんだよな。
周囲から怖がられたり、距離を置かれたりすることもあるけど(そしてそれはとても悲しいことだけど)。
「田山ー! 不良じゃない子、可愛い女の子を俺に紹介してくれよー! お前だけ彼女持ちとかねぇし! ……てか、田山の彼女、今度紹介してくれよ! 狙っちゃる!」
「だぁああっ! お前なんかに紹介するなんて勿体ねぇよ! ちょ、待てって光喜! 殴らせろー!」
変わらない関係を保ってくれる奴等もいる。いるんだよな。
そういう奴等を大切にしたい、強く思う俺がいた。