青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
「――落ち着いた?」
どれだけ倉庫裏で時間を過ごしていたんだろう、五分なのか、はたまた一時間なのか。
時間の感覚はまったく分からないけれど、青空に浮かぶ雲はゆっくりと変形しながら流れて消えている。
ゆらり、ゆらり、と揺れているような時間を肌で感じながら、俺はまだ体に縋っているココロの背中を軽く叩く。
落ち着いたのか、もう体は震えていなかった。
耳元で小さな吐息をつくココロは、
「大丈夫です……」
迷惑を掛けた詫び、そして傍にいてくれる礼を紡いでくる。
スンッと洟を啜って、上体を起こすココロは目元を制服の袖口で擦りながら小さくはにかむ。
「すっごく……見っとも無い姿を見せちゃいましたね。も、大丈夫です。スッキリしました」
「そっか、なら良かった」
笑みを返して、ぽんぽんとココロの頭を撫でる。
振り払うこともなく、擽ったそうに行為を受け止めるココロだったけど、ふと俺と視線を合わせて頬を紅潮させる。
最初こそ、その意味が分からなかったけど、忘れかけていた鼓動が高鳴って現状に俺も顔を火照らせる。
至近距離にココロがいる。
しかも体が密接。
くっ付いているとも言えるこの現状。
惜しみなく抱き合った仲ですが、今更ながら緊張している阿呆な俺がいます。
これは離れた方がいいよな。
ちょい、冷静になってみると体勢的にも……煩いぞ俺の心音。
ドックドックいってきた俺の心臓、今更じゃないかと、取り敢えずツッコミたい。くっ付いているせいか、向こうの心音も体を媒介に伝ってきた。
きっと向こうにも俺の心音が伝い始めていると思う。
「なあ」「あの」
なんで、こう、俺等ってタイミングが良いんだ。ハモるとか、マジどんだけ!
「先にどうぞ」
レディーファーストだと言わんばかりに俺は彼女に発言権を譲る。
「いえ、ケイさんからお先に」
自分は後でいいと遠慮するココロ。
おかげで俺達はお互いの首を絞めるように、沈黙を作り上げてしまった。
沈黙ほど気まずい雰囲気はないんだけどな。
そのままの体勢で目を泳がせる俺達だったけれど、気持ちを引き締めて俺から話を切り出した。
「なあココロ、前にも言ったけど、その……笑った方が好きだからさ。落ち込んでもいいし……卑屈になってもいい……でも最後は笑って欲しいんだけど」
ぎこちない手付きでココロの顔に手を伸ばして、ちょっとばかし腫れた目元を親指でなぞる。
あ、どうしよう。触れなきゃ良かった。
心がざわめいている。
ココロに触れて、気持ちがざわめいている俺がいる。
早く手を離さないと、思う反面、体は勝手に動く。
半分自制は働いてはいるのだけれど、半分暴走気味の体は、ゆっくりと彼女の頬をなぞって、視線をかち合わせて、目と鼻の先まで顔を近付けて。
動作は自然だったと思う。
真っ赤に頬を染めているココロに気付いた俺は、ぎりぎりのところで自制を働かせることに成功。心中は大荒れとなった。
アッブネ!
めちゃめちゃアッブネ!
俺、ココロになあにしようとしているんだよ!
いきなりはいかん、いかんでしょーよ!
まだ初デートもしてねぇよ、俺等!
地味野郎田山コノヤロウ!
お前はそういう常識を弁えていないのか! お前、イケメソでもないくせに畜生め! 俺のド畜生め!
あああっ、でもこの至近距離と桃色空気、どーするよ、俺!
内心、大焦り。
だけど表ではどうにか誤魔化し笑い。
「戻ろうか」
そっと綻んで、頬に添えていた手で前髪を掻き分けて額に唇を落とした。これくらいは許される気がしたんだ。