青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
何をするのか分かったのか女不良が更に強く肩を握ってきた。
俺はペダルを限界まで漕いで、大きく旋回するとチャリの勢いに任せてドラム缶を突く。
「キャッ!」
女不良の悲鳴が聞こえた。
振り落とされないよう肩を握ってくる。
それはいいんだけど、爪を立てているようでちょっと痛い。結構痛い。我慢するけど。
ドラム缶は鈍い音を立てて追い駆けて来ていた不良に向かって転がる。
「アブネッ!」
不良はどうにかドラム缶を避けたようだけど、甘い!
俺は不良に向かってチャリを漕ぎ、ギリギリぶつかるかぶつからないかのところでハンドルを切る。
その際、不良の鳩尾に蹴りを入れた。
さっき壁にぶつかりそうになった時と同じパターン。壁を蹴ってぶつからないようにするアレを、今度は人にするだけ。
あんましたくないけど今の場合仕方が無い。
チャリのスピードと俺の脚力がプラスされたキックを鳩尾に喰らった不良は呻いて片膝をついていた。
アウチ、不良に蹴り入れちゃった。なんかもう、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!って感じ。マジどうしよう。
罪悪感というより後悔、でもヨウのダチをああいう風にしたんだし。
響子さん風に言えば当然の報いってヤツかな。
もう女不良を追い駆けて来る輩はいないようだ。
俺は確認して女不良を地面に降ろす。
女不良はヨウと銀髪不良の安否が気になるようだ。
俺も勿論気になっていて、ヨウ達に目をやる。
ヨウは大丈夫そうだけど、銀髪不良が倒れ込んでいる。ヨウひとりで凌げそうな場面じゃない。俺はペダルに足を掛けた。
「ぜぇっ、ぜぇっ……や、やっと追いついたぜッ……ケイ!」
わぁーお、そのスンバラシイ雄叫びは。
ぎこちなーく出入り口を見れば、熱気を取り巻いているアツイ男・タコ沢の参上だ!
青筋を立てているタコ沢は俺を見据えてこっちにやって来る。
そして俺の前にやって来たタコ沢は、荒呼吸を整えもせず胸倉を掴んできた。
「か、覚悟はいいかッ、この野郎が」
「ちょ、タコ沢! タコ沢さん! 今は無理ムリムリ! たんまたんま!」
「だぁああれがタコ沢だ! 俺は谷沢だっつーの!」
「ギャアアアアアアー! ごめんって!」
やっぱり不良恐ぇえええ! タコ沢の目が、目が血走っている!
鼻を鳴らして俺を見据えてくるタコ沢に愛想笑いで「ごめんって」と謝ってみるけど効果は無いようだ。ギリギリと歯軋りして胸倉を握り直してくる。
「てへ」
可愛く舌を出してみる。
タコ沢のこめかみに何本か青筋が浮かび上がった。
嗚呼、もしかして怒った? 怒っちゃった? 火に油注いだってヤツ?
「か、く、ご、はいいか? あ゛?!」
「……何故に濁点を付けるんだろう。不良って」
「何か言ったかゴラァアアア!」
「ギャアアアアアー! 何も悪いことは言ってないって!」
「ちょっと、その人放しなさいよ! 私の恩人なんだから!」
タコ沢に果敢にも挑んでくるのは、先程の女不良。
いや、いいんだよ。無理しなくて。貴方様には関係のない人ですから。
だからタコ沢をこれ以上煽らないでくれ! 助けてくれるのは嬉しいんだけどさ!
俺の懇願は虚しく散る。女不良がタコ沢の脛を蹴ったのだ。
「うをっツ!」
妙な奇声を上げてタコ沢が俺の胸倉から手を放す。
俺は急いで乱れた胸倉を整える。
女不良は俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫?」
「んー……ん、なんとか」
「あれ? あなた……もしかして私と同じクラスじゃない? 私、サボッてあんまり学校行ってないけど……なんかクラスで見覚えのある顔」
そう言われると、俺も女不良の顔を見て考える。
ウーン、そういえばこの人、見覚えあるような気がする。制服は俺の学校のだから、直ぐに同じ学校って分かるんだけど。
俺クラス、比較的真面目バッカなんだけどやっぱ数人は不良がいる。
その数人のうち大半が学校をサボっていたりするから、不良達の顔をあんまり覚えてないけど。
入学式終わって数日は不良様方も来ていたんだよな。
もしもこの人が、俺と同じクラスの人なら俺の思い当たる限り。
「苑田 弥生(そのだ やよい)?」
「田山 圭太でしょ!」
おおっ、同時。
俺も女不良も顔を見合わせたから、お互いに当たっている。
つまり俺達、同じ学校の同じクラスなんだ。
「やっぱり」
女不良は嬉しそうにはにかむ。彼女は「弥生でいいから」と言ってきた。
俺も弥生に「ケイでいいから」と言った、と、その時タコ沢が怒声を浴びせてきた。