青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
一階の喧嘩風景を見つめたココロは、目線を上へ上へと持ち上げてスーッと細める。此処にチームの舎兄弟がいない。
ということは、二階、もしくは三階でドンパチしているのだろう。自分の想い人は今、きっと上で。
と、自分の足元に何かが滑り転がってくる。
コツンと当たるそれは、誰かの携帯電話とゲーム機。
両方を拾い上げたと同時に「アズミの!」返せと言わんばかりの金切り声が聞こえた。
どうやらアズミが落としたらしい。
「それもって逃げて!」
弥生がこっちに向かって駆けるアズミを取り押さえて、逃げるよう言う。
曰く、アズミはこっそりと携帯を取り出して外部にいる協定チームと連絡を取ろうとしたらしい。
この期に及んでまだ援軍を呼ぼうとしていたのか、狡い。
幾らバイクで此処まで来れないとは言え、時間を掛ければ徒歩でも援軍はやって来る。
人間には足があるのだから。
機械がなくても目的地まで辿り着ける術を持っている。
ゲーム機はどうでもいいとして、携帯電話は彼女に返すわけにはいかない。
策を取られてしまえばこっちが大きく劣勢になるのだから!
ココロはゲーム機を壁際に寄せて、携帯だけ持ってその場から逃げた。
「ケータイ!」
返せ返せと喚くアズミに煩いと一喝し、弥生は古渡のことを教えろと彼女を両肩を掴んで揺さぶった。
「知らない知るわけない初耳! 古渡なんてしらーん!」
フンッと鼻を鳴らし、手を振り払ってアズミは弥生から逃げる。
同時にココロの後を追った。
「携帯返せ! ドロボー!」
叫ぶアズミに追われ、「うわわわっ!」ココロは急いで速度を上げた。
あれほど近寄るまいと決めていたイカタコ合戦の脇をすり抜け、藁にも縋る思いで階段を駆け上る。
どうにか弥生が階段手前でアズミを捕まえてくれたらしく、下で揉み合いになっていた。
弥生の身を案じつつも、ココロは携帯を死守することを優先させた。それが今、自分にできることなのだから。
ガンッ――! うわぁあ――! ドラム缶と人の悲鳴。
弾かれたように視線を上げれば、そこにはドラム缶の山麓で体を崩している彼氏の姿。
ドラム缶に肩や背中を打ち付けたらしく、缶に凭れて呻き声を上げながら右肩を押さえている。
「ケイ、さん」
やられている彼氏の姿に瞠目。
思わず手から携帯が滑り落ちそうになるが握り締めたことで難を逃れた。
「フンっ。ケイ、口ほどにもないぞ。絶交宣言撤回が尾を引いているんじゃね? ちっとも本気じゃなさそうじゃん」
「るっせぇよ……阿呆健太っ。奥義ってのは後に使ってこそ効果があるもんだろ……う゛あっ!」
容赦なく硬い靴先で腹部を蹴られ、彼氏は呼吸を忘れたように痛みに叫んだ。
傷付いている彼氏の姿を見るだけで恐怖が沸騰。
足が竦む思いがしたが、大丈夫だと言い聞かせた。
だって彼は負けない。
弱い男じゃないのだから。
心身ともに自分を助けてくれた、ヒーローなのだから。
地味かもしれない。普通かもしれない。ちっとも喧嘩ができないかもしれない。
それでも、自分を助けてくれた、自分にとってのヒーローなのだ。大丈夫。大丈夫。だいじょうぶ!
本気を出せていないケイにケンはフンッと面白く無さそうに鼻を鳴らし、渾身の腹部蹴り。しかも利き足で。
もはや悲鳴すら上げられないケイは、ゼェゼェッと荒呼吸を繰り返して場をやり過ごしている。
「弱いぜ」
シニカルに笑うケンは、ダークブラウンの髪を掻きあげた。
「本気出してもおれには勝てないもな。おれ、それなりに喧嘩実践してきてっから。チャリばっかり乗りこなしてるお前とは違うんだよ。
不良校だしな、おれの通っている学校。もーちょい甚振ってやりたいけど、お前がそれじゃなあ?」
ケンはせせら笑う。
やがて「ケータイ!」アズミの声が聞こえたのか、ケンがこっちを振り向いた。