青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
「なんでこんな無茶したんだよっ。逃げなかったんだよ!」
「ば、馬鹿……逃げようとしてコケたんだよ……間抜け話なことに」
声がまだ震えてらぁ。肝が恐怖に萎縮している。
こ、こ、怖かったぁああ! 本気で怖かったぁああああ! 不良の恐怖とか目じゃないぞ。
この恐怖はまさしく『九死に一生を得る』という状況だよな。
胸を押さえて震えに震えている俺に、
「なんでさっさ逃げなかったんだよ」
健太が上擦った声で頭垂れた。
「おれなんか無視してっ、逃げりゃ……こんな怖い思いしなかったんだぞ。運良く怪我しなかったけど、もしもなんかあったら」
「あ、阿呆じゃないか? お前の方が場所的に危なかったんだぞ。もし頭にでもぶつかってみろよっ。それこそ……死んでたかもしれないだろ」
「おれとお前、敵だぞ!」
「それはそれこれはこれだろ! 敵がどーしたよ! 俺は言っているだろっ、お前のこと、敵でも友達だって思っているって! ……もう嫌なんだよっ、俺、友達が怪我して……傷付くの。お前だって例外じゃないんだぞ!」
ハジメのヤラれた姿が脳裏に蘇る。
あいつは友達なのに助けたくても助けられず間に合わなかった……今度は健太とか、絶対に嫌だろう。
喧嘩して不慮の事故で死んだとか俺、一生後悔する。償いたくても償い切れない後悔を背負うだろう。
そりゃ怖かったよ。
咄嗟の判断で健太を突き飛ばして、俺も逃げようとしてずっこけた時は痛みを覚悟したよ。頭真っ白になったよ。
でも、お前を無視して俺だけ逃げるとかできるわけがない。やっていたら、きっと後悔していた。
あの時、お前だけ残して逃げる。
そんなことをしていたら、きっと大後悔していた。していたんだ。
「綺麗事じゃなくて、理屈を語りたいわけでもなくって。単にお前が友達……だったから、体が動いたんだよ」
「バッカ……けいたの、ばか」
俺の言葉に、今まで気丈に振舞っていた健太がクシャリと表情を崩す。
「おれだって……ほんとうは」
その先をどうしても口に出来ない健太。
ごめん、必死に俺に嫌われようと役作りをしてくれてたんだよな。
お前なりにケジメをつけようと思っていたんだよな。
ごめん、ごめん、ほんっとごめん、健太。
「圭太なんで……ヤマトさんの舎弟を蹴ったんだよぉ。あの時、舎弟になってくれたらこんな辛酸を味わわなくて済んだのに」
前触れもない苦情。
「どうして……なんでっ」
執拗に俺を責め立てる健太だけど、声に覇気はない。力なく責めを口にしてくる。
「お前のせいでなぁ。おれが舎弟になるかもしれないじゃん……」
しゃくり上げる健太は何度も喉をひくつかせていた。
感情を必死に押し殺しているみたいだ。
「おれっ、高校になってからは……ノリツッコミ……封印して、フツーの地味不良もなろうとしていたのに。面子が面子だし。
ノリツッコミ封印して……でもヤマトさんに、不本意ながらも知られちまって。面白がられて」
「なんだよ……良かったじゃん。なっちまえよ。舎弟の苦労を一緒に味わおうって」
泣き笑いする俺に、
「ふざけるなよ」
健太は下唇を噛み締めて、熱い息を吐いた。