青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
少しずつ落ち着きが戻ってきた。
俺はゆっくりと息を吐いて生徒手帳をブレザーのポケットに仕舞う。
気持ちに静寂が戻ってくると、今度はドッと疲労が襲ってきた。
四時半に電話で叩き起こされた上に、朝から緊張しっ放し。
その緊張が昼間で継続してゲーセンで一騒動、喧嘩で二騒動、疲労が襲って来るはずだ。
チャリを全力で漕ぎ過ぎたせいか、結構足にキている。ヤバイわけじゃないけど、明日は筋肉痛かもしんねぇ。
「か……帰りてぇ……」
家に帰ってシャワー浴びてそのままベッドにダイブしたい。夕飯は要らない、とにかく俺に安息の時間を与えて欲しい!
帰ろうかな。中はまだ取り込んでいるだろうし、此処で暇を弄んでも仕方ないし……勝手に帰っていいかな。
勝手に帰ったら怒るかな、ヨウ。
怒ったら恐そうだしな、殴られたらヤダもんな。
不良に蹴りを入れたりはしたけど(今思うとスッゲーゾッとする)、あれとこれは別件だ。
唸り声を上げて俺は悩む。
「ケイ、ケーイ。どこだ」
俺を探している声は舎兄のものだ。
中から出てきたヨウは俺の姿を見つけると、顔を顰めて「何してやがるんだよ」と文句をつけてきた。
帰る選択肢を早々と決めなくて良かった。
あの不機嫌そうなヨウの顔を見て俺は引き攣り笑い。
歩み寄ってくるヨウは此処で何しているのか聞いてくる。
「此処で休憩してた。あの中、埃っぽいっつーか何か休憩する気になれなかったから」
ヨウ達の話に参加するのは不味いと思ったから、そうストレートに言っても良かったけど何か気が引けた。
「そんな理由かよ」
ヨウは脱力してきた。
「だったらヒトコト言って外に出ろって」
「ごめんごめん。さっきの人、大丈夫なのか?」
「ハジメなら大丈夫だ。響子と弥生、あとタコ沢が今から病院に連れて行く」
響子さんや弥生は分かるけど、タコ沢って……。
工場から出てきたタコ沢の背には、しっかりとハジメと呼ばれた不良が背負われている。
顔面に数箇所殴られた痕があるのは、まさかヨウの仕業か。
哀れタコ沢は学校でもパシリくん、今もパシリくんされているんだな。
お前、ファイト精神で此処まで追い駆けて来ただけなのにな。
けどしっかり病院に連れて行けよ。
じゃないと今度はお前が病院行きになるだろうから。
弥生と目が合う。はにかんで弥生がこっちに手を振って走ってきた。
「ケイ、此処にいたんだ。帰ったかと思った」
帰ろうとしていました。
なんて口が裂けても言えない。
休憩していたんだと言えば、弥生が「そっか」と言いながら照れたように笑ってきた。
「さっきは助けてくれてアリガトウ。ケイって、ヨウが言っていた舎弟だったんだね」
「ま、まあ……ね」
「これから宜しくね。ケイ。本当にアリガトウ、カッコ良かったよ。あ、そうだ。今度メアド教えてね」
ふんわりと笑って弥生は響子さん達のところに戻って行く。
病院に行く為、三人は一足早く廃工場を後にした。タコ沢は「なんで俺が」って嘆いていたけど、ちゃんと病院に連れてって行くみたいだった。
三人、いや怪我人を合わせた四人の背を見送りながら、俺は口元を緩めてしまう。
俺、女の子からあんな風に笑いかけられて「ありがとう」とか「カッコイイ」とか言われたこと無かったな。面と向かって言われると、少し照れた。
けど悪いもんじゃない。俺の中で宝物になりそう。ああいうこと一生言われないような気がするし。
照れ隠しをするように頭の後ろで手を組むと、ヨウが意地悪く笑ってきた。
「素直に表情に出しても良いんだぜ? 俺、優しいからお前の顔を見ないようにしてやるよ」
「う、煩いな」
ヨウに言われて顔が熱くなった。
もしかして俺、飛び跳ねて喜びたかったのかも。
どんだけ俺、こういうことに縁がないんだよ。
なんか嬉しさ半分、虚しさ半分になっちまった気分。
だけどやっぱ嬉しさが勝った。嬉しいもんは嬉しいしな。
表情には出さないよう努力するけど、素直に嬉しさを噛み締めておこう。