青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
「ちゃんと運転できるか?」
「舐めんなって」
ニケツという交通違反をする俺達は、迷惑にも大通りを二人乗りで通り過ぎる。
顔を上げれば、いつもより高く見える景色。
目線が高くなっている分、いつもの街並みがちょっと違って見える。
それが楽しい。
オレンジ色から赤に染まるビル、感じる微風にちょっぴり低い人間達。目に見える景色けしきが俺の心を小躍りさせた。
こんな風に景色を眺めていると、何もかもが小さく思える。
ヨウのつまんない身勝手行動も、俺達が喧嘩をしたのも、何もかも。
もういいよな。俺達の喧嘩はもういいよな。
おしまいだよ、おしまい。
殴られたことも、発破を掛けたことも、謝罪会見もおしまいだ。
ヨウ。俺はお前に謝って欲しいんじゃなくて、ただ、こうした気兼ねない雰囲気に戻りたかったんだよ。それだけなんだよ。
もしかしたらお前も、今、俺と同じことを思っているかもしれないな。
こんなにも風が気持ちいいんだ。ちっぽけだよな、俺達の喧嘩ってさ。
駅前のラーメン屋に到着すると、俺はヨウと一緒に店に入って席を陣取った。
俺は味噌ラーメン、ヨウは醤油ラーメン、餃子は割り勘で注文。母さんに夕飯いらない旨をメールし、二人で注文した料理を待つことにした。
待つ間ちょいとまた気まずい雰囲気、というより相手に躊躇があったんだけど、
「今考えたらムカつく」
不意にヨウが口を開く。
ムッスリと頬杖をついて賑わう店内に目を向けた。
「ケイがあんな馬鹿なこと言うわけねぇのに……まーた五木に言われる。『貴方は舎兄失格ですね』って。チョー想像できちまうぜ。俺、なーんで騙されたんだろ」
「名演技だろ?」
俺は少し前の喧嘩を笑い話にしてみせた。
「ビバ・日賀野モードで頑張ってみた。嫌味キャラって難しいな。ヨウ、マージ切れしてて怖い怖い」
「うーっせぇな。馬鹿みてぇにパンチ食らわした俺、ダッセェ。激ダセェ。間抜けだってワタルに散々からかわれ……あいつ、どっかで見てたのかよ」
羞恥心を噛み締めるヨウは、殴ったことを詫びてこようとする。
不要な詫びだと思ったから(俺もお前を傷付ける発言したよ)、
「舎弟だから仕方ない」
笑声を漏らしてお冷を口にする。
「最後まで俺はお前についていく。そう約束した。だからお前にリタイアなんてさせねぇよ」
それだけで俺の気持ちが全部あいつに伝わったんだと思う。
馬鹿みたいに真っ直ぐ「ケイが舎弟で本当に良かった」イケメンくんはイケメン顔で俺にあどけない笑顔を見せてくれた。
「恥ずかしい奴だな」
そう気持ちを返す俺も、自然と笑顔。
ごめんの一言は一切飛び交わなかった。それでいいんだと思う。今更ごめんとか、照れくさいじゃないか。
注文していたラーメンが運ばれてくる。
俺達は割り箸を持って湯気だっているラーメンに目を落とした。
あ、うっまそう、この半熟ゆで卵がまた食欲を……イッタダキマース。
「そういえばさ、ケイ。俺は黒派だ。そそるだろ?」
パキ、割り箸を割るヨウの言葉に俺は最初なんのこっちゃ分からなかった。
パキ、割り箸を真っ二つに割りながら首を傾げたら、
「パンツ」
してやったり顔でヨウはラーメンの麺を箸で掬い始める。
目を点にしていた俺だけど、
「兄貴のスッケベー」
大笑いして今度こそラーメンをイタダキマス。
「馬鹿、そーゆもんだろ」
完全男子トークをかましてくるヨウに、
「そっかぁ?」
俺はうんっとクエッションマーク。
「勝負だろ?」
「勝負したことないし」
ラーメン屋の一角で中々なKY話を開始。一頻りパンツどうのこうの、どーでもいいトークをかました。
「女は清純そうで、意外と触れて欲しいもんだそうな。今考えてみれば帆奈美もそうだったもんなぁ。ケイ、テメェも期待されてるんじゃねえの? ココロに」
「や……やめてくれよ。そういう系に俺、免疫ないんだから。こ、ココロは……大事にしてやりたいんだから」
「どーこまで進んだんだ? 舎弟くん?」
「うぐっ、べ、べつに進むも何も」
「ははーん、こりゃちょい進んだな? 何だ、キスでもしたか?」
○×△◇*※~~~!!
ドッカーンと俺の脳内が大爆発。
にやにや笑うヨウは、
「ビンゴ、どんぴしゃだな?」
オモシロネタを見つけたように食って掛かってきた。
こ、こ、こいつ、さっきまで気まずそうに話し掛けてきてたくせに、この調子乗りめ!
俺の調子乗りが感染ったか?!
……ってことは、俺のせい? ごめーんっ、調子乗り圭太で!
「う、う、煩いな……き、き、キスはし、し、したよっ……でも初デートもまだなのに、付き合って日も浅いのに、キスをしちまった俺は不純だろうか? 順序を間違った俺は不純くん?」
「不純? 何処が? 俺と帆奈美なんて付き合い三日でベッドインだぞ」
そりゃ……お前等に問題があるんだと思うよ。
俺達に問題があるんじゃなくて、お前達に問題があるっつーの。早過ぎるだろう、三日でベッドイン。
さすがセフレだなぁ。想像もつかない世界だけど。
「テメェ等って結構ラブラブだよなぁ。なんっつーか甘ぇ」
「そうか? あんまチームでは出してないと思うけど。恋愛色薄くね?」
餃子を箸で割っていたヨウが思い切り顔を引き攣らせた。
「俺達の苦労も知らねぇでよ」
口角を痙攣させるイケメン不良に俺はどぎまぎとしてしまう。え、苦労って……。
「なあにが恋愛色が薄い、だ。
片思い時代から半ば強制的に守ってきた俺達は苦労してんだぞ馬鹿野郎が。これもそれも響子のせいで……テメェ等のせいでどんだけ苦労したと思ってやがる!」
「あ、えっと」
「大体見舞いの時もめっちゃ甘かったじゃねえか! あれを甘くないとは言わせねぇ。寝ぼけたことを言うテメェに俺の見たお前等を語ってやらぁ!」