青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
「そーだよ。ハジメ、戻って来ないと困るんだって!」
柔和な空気を破ったのはチームのムードメーカー様。
「戻って来たら覚悟ね」
立てた人差し指を自分の口元に寄せてウィンクする弥生にハジメの目は点、馬鹿みたいに間の抜けた顔を作る。
唐突過ぎて意味が分からなかったみたい。
勿論、傍観者の俺達は他人事なんで? すぐに分かりましたとも。弥生嬢のお言葉の意味!
ニッタァっと口角をつり上げて成り行きを見守る。
いやこれもさ、チームの優しさですよね?
意味を理解して赤面、ヘタレをかましているハジメくんと、強気の弥生嬢を見守るのもチームの優しさですよ、ね?
俺達の悪意ある眼を全身で受け止めながらも、ハジメはまず盛大に咳払い。
頬を紅潮したまま「絶対に戻って来るから」とボソボソ声で彼女に決意表明をした。
次に小さく息を吐いて気持ちを静めると、真顔で彼女を見つめた。
「弥生。君も隊に入っている。現場に赴くだろうけど無理は絶対にしないでくれ。絶対に。間違っても暴力には加担しないで欲しい。例え相手が女性相手でも……逃げるんだ」
弥生が起こすであろう行動にしっかり釘を刺すハジメは、フッと表情を和らげてキャップ帽を弥生に被せた。
声を出す弥生に、
「宣戦布告は受けてたつから」
俺達にも聞こえる声で彼は宣言。
弥生の出した宣戦布告を全力で受け止める、そして自分も宣戦布告すると一笑した。
「勿論勝つのは僕だけどね」
捻くれなりの告白返しだというのは誰が見ても一目瞭然。
こういう時くらい好きと言ってやればいいのに、ハジメには思うことがあるのか宣戦布告だけ彼女に残した。
呆然としていた弥生だけど、「上等だよ!」喜びを溢れさせてはにかんだ。
弥生にとっては宣戦布告は何よりも励みになる、そして心暖まるものだったみたいだ。
ハジメが大通りに向かって歩き始めても、俺達と別れても、終始笑みを零していた。
ただし。
「ちゃーんと喧嘩はするつもりだけどね。これ、私の喧嘩でもあるし。女だって喧嘩に参戦したいんだよ」
ぺろっと舌を出して、ハジメのキャップ帽を大事にかぶり直す弥生の独り言を俺はバッチリ聞いてしまった。
思わず弥生を凝視しちまったよ。
情報係りを主に担当している弥生が自己申告で救出隊に入った理由はそれだったのか。
てっきりココロが心配で救出隊に入ったのかと思ったけど……それだけじゃなかったんだな。
女の子ってこういった精神面じゃホント強いよな。
戦場になるであろう喧嘩にも自ら乗り込むんだから……俺も見習わないとな。怖じを抱いている場合じゃないっつーの。
ハジメを筆頭に、バイクに乗る利二やアズミを見送った俺は仲間達と神社裏に戻って支度を開始。
予定移動時間前15分になったんだ。
のんびりと休息バッカ取っているわけにもいかない。
支度というのは何も移動する準備だけを指すわけじゃない。
腹ごしらえだって立派な支度だ。
飲まず食わずじゃすぐバテちまう。
これから先は持久戦なんだしな。
俺なんてチャリ漕ぎっぱなしなんだぜ?
しかもオッソロシイ日賀野を乗せてっ!
体力温存しとかないと心身病む、じゃない、心身ともにバテる!
俺は前もって買い置きされていた軽食のパンを急いでカフェオレで流し込む。
急に飯をとったら胃がひっくり返るけど、驚くよりも先に胃には食っているものをぜーんぶ栄養価にして俺に支給して欲しい。
なんでかってそりゃ俺は日賀野を乗せて以下省略。
怖い思いする以下省略。
長期戦になったらチャリの俺は圧倒的に不利以下省略。
立ち食いというお行儀の悪い行為をしながら飯を食っていた俺は、ふと買い置きされたコンビニの袋に目が留まる。
袋は無造作に地面上に放置されているんだけど、中に四個あんぱんが残っていた。余分に買って来ているわけじゃない。
人数分が揃っている筈なんだ。
先に抜けたハジメ、利二、アズミの分を抜かしても三つあんぱんは残るわけで。
フツーに考えれば一個余分に余ることなんてないんだ。
なのにあんぱんが余っているってことは、誰か食ってないのか?
俺は神社裏にいる面子をグルッと見渡す。
みんな一人一個はパンを食っているよな。
食い終わっている奴もいるけれど、包装袋を手に持っているし。
周囲をキョロキョロとしていると目に留まったのは、皆から離れた場所で缶珈琲だけ飲んでいる青メッシュ不良。日賀野が食っていないのか、あんぱん。
神社を囲っている石柵に腰掛けて始終宙を睨んでいる。
なんだか余裕は無さそうだ。今まで見たことないほど表情が切迫している。
もしかして日賀野……帆奈美さんの心配をして?