青騒のフォトグラフ―本日より地味くんは不良の舎弟です―
「今、荒川の携帯にかけた」
「なぁああッ、ちょ、イキナリ、」
「荒川と貫名が、俺のテリトリーで暴れたみてぇでな。応酬してやりてぇから荒川を此処に呼び出せ」
携帯を押し付けられる。小さな器具から聞こえてくるのは舎兄の声。
俺は深呼吸をして恐る恐る携帯に耳を当てる。
携帯越しから聞こえてくる喧しいBGM。
ヨウは駅前のゲーセンにいるみたいだ。
このまま成り行きに任せて日賀野の言うとおりにしていれば、俺の想像する最悪の事態は避けられる。
呼び出せば、ヨウを此処に呼び出せば俺の恐れている最悪の事態は逃れられる。
『ケイ、ケーイ。何だよ』
舎兄の声がゲーセンの喧騒に消されそうになる。
「あ、おう、悪い悪い。ヨウ。今イイか? 声聞こえ辛ぇな……駅前のゲーセンにいるのか」
『ああ。今、シズとエアホッケーしている途中なんだよ。用件なら手短に……ってか、お前も来るか? っつーか来いよ。お前が来ると盛り上がる』
「俺が来るって、いやー……」
呼び出す筈が、呼び出されちまった。
あれ? どうしてこんな流れになっちまうんだ?
俺は真剣に悩んで日賀野を横目で一瞥。
日賀野は「適当に呼び出せよ」と命令してくる。
利二にも一瞥。
蹴りを喰らった腹部を擦っている。
二度も痛烈な蹴りを喰らったんだ、そう簡単には回復できないと思う。
鋭い利二の視線に、俺は視線を返して背を向けた。
「行きたいけど、その前に俺の用件イイ?」
『あーそうだそうだ。お前、何しに電話を掛けてきたんだ』
「うーん……それがさ」
苦笑が漏れた。
なんでかなー。やっぱ俺、お前を裏切れねぇよ。
利二のおかげで、お前に背を向けようとした一時的な気持ちが消えちまった。
友達をこれ以上巻き込みたくない一心で腹括ったのに、決めた筈なのに、情けねぇよな俺。
「――謝りたいことがあるんだよ。お前にしようとしたことにさ! ッ、利二!」
携帯から耳を離して利二に向かって叫ぶ。
俺の声を合図に弾かれたように利二は素早く立ち上がって俺のチャリに跨ると、顔を歪ませながらペダルを漕いで自販機から去って行く。
無事に逃げてくれよ、利二。
片眉を軽くつり上げる日賀野の前に立って、俺は残念でしたと携帯の電源を切った。
「貴方様の舎弟、俺には荷が重過ぎます。一つで手一杯ですし」
「ククッ、ほんとオモシレェなプレインボーイ。やっぱこういう選択をすると思ったぜ。簡単に事が運ぶとは思わねぇからな」
すべて計算のうちだったと肩を竦める日賀野に軽く頭にきた。
結局、日賀野の掌で踊らされていただけかよ。
利二を怪我させたのも、俺が苦悩することも、全部、こいつの計算のうちだったのかよ。逃げた利二を追わなかったのはわざとか。わざと見逃したってことか。
鼻を鳴らしてせせら笑う日賀野が俺を捉える。
「一つだけ計算外だったことがある。舎兄に助けを求めねぇってことだ」
「それは不良を頼るのが恐いから……じゃなくて、ピンチの時だけヨウにヘコヘコと頼る舎弟にだけはなりたくないもので」
「ッハ、泣かせる台詞。そんなお前に免じて荒川とっての苦痛を、もう一つ教えてやるよ」
それはな、信頼を寄せていた奴が傷付くことだ。
前回の騒動で知っただろ? アイツは単細胞だからな、喧嘩に巻き込まれていると知っただけでソイツのもとに突っ走る。
日賀野がそう俺に言った。