車輪の唄
確かに上総は、あたしの目の前に現れた。


とても近い位置で。


近すぎる位置で上総は現れて、何を思ったか今日あたしを待っていた。


嬉しさよりも驚きが先で、本心よりも疑う心が先にある。


あたしはきっと、上総が好きだ。


あの頃と同じように。


それは真実だと思う。


まだ何も知らない。


上総の事なんて、あたしは何一つ知らない。


だけどあたしはあの日、一目惚れしたんだ。


"梓"のドラムとして、時の人となった上総を見て…間違いなく心を揺らされた。


あたしだって分かっている。


素直に好きになれたら、どんなにいいだろうと。


そうならないに至って、あたしにも理由がある。


昔、遠い昔に痛手を負った。


人を好きになって、死にたくなるほど傷付けられた過去がある。


だから、好きになれないんだ。
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