チャンピオン【完】
倒れたままの選手の顔を覗きこんでいるのは、兄貴が貴丸の為に連れて来た新しいトレーナー。
こいつも食堂ですれ違う程度だが、これがまた死ぬほど怪しい。
ターバンに長い口髭を蓄えたインド人で、片言の日本語を操る。
彼は巨大な選手を足蹴にしてリングの外に叩き落とし、スポーツドリンクを煽っている貴丸に何事かオーバーアクションで話しかけている。
「あのジョニーって外人、『米軍で鬼教官やってたから雇ってくれ』って売り込んできて、嘘だろと思いつつも試しに雇ってみたら、給料の割に使えるね♪」
インド人なのに米軍ってなんだか可笑しいぞ。
「お兄ちゃん、ジョニーズ・ブート・キャンプって洒落のつもりだったんだけどな~☆」
「へ、へぇ」
粗野で野蛮だ、全てが。
「見学... ってことは、やる気になった?」
兄貴がカルテのようなものから顔も上げずに言った。
私は「全然」と答えた。
「あんな蹴りくらったら、私命がないよ。
木端微塵だよ。
お兄ちゃん私に死ねって言ってる?」