クロス
やっと、あたしの順番がきた。
聞きなれた接客用語はもちろん聞き流し、カウンターのメニューから、なんとかドリンクまで一通り注文した。

「ご注文は以上でよろしいですか?」

元気のよい男性スタッフの声に、

うむ、よろしい。

と、内心答えつつ、あたしは満足げに顔をあげた。


ぎやあああ。
ま、眩しい。

心の中で悲鳴をあげたあたしは、大急ぎでその男性スタッフから目をそらした。


笑顔がすっごいいい人だった。

その笑顔を、例えて言うなら、

「おおおおお!久しぶり~!!元気してた?!」と、不意打ちの、懐かしの出会いの時とか、
「お待たせ!!ごめんね初デートなのにぃ」
「大丈夫!俺も今来たところだから!さあついておいでハニー!あははうふふ」

こんな付き合い始めのカップルのラブ笑顔(実際は違うかもしれないが)とか、もうとにかく「会いたかった~」的な笑顔。


この笑顔を見る人が、それぞれに、思わず勘違いしてしまいそうな、最上級の笑顔だ。(まあ勘違いはあたしの特技でもあるけれども)

もしかしたらこの人はあたしに好意を持っているのかもしれない。

そのときのあたしの、入りっぷりも素晴らしかった。
その都合のいい設定を、どう自然に、自分にあてはめるか、という作業に一瞬にしてハマり込んでいたのだから。


「・・・く様?」
なんか遠くで聞こえる。
「お客様?」

ハ、ハい!?

裏返った声が聞こえた。
いや、正確に言うと裏返った声があたしから出ていた。


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