クロス
「お会計、よろしいですか?」

その素敵な男性スタッフが、微妙な笑顔であたしに話しかけていたのだ。
ぎゃあああああ。
あた、あたしのばかっ!!

あわてすぎてカウンターにひっかけて落としたサイフを拾いつつ、トランプのゲームの『スピード』ばりにあたしはサイフから千円札を出した。
何事もなかったようにおつりを渡してくれたその男性スタッフの気遣いが、痛かった。
いや、痛いのも痛い人も確実にあたしだった。
順番待ちの周りの人達も、あたしのことを不思議そうに見ていた。

スみません!やっぱり持ち帰りにしてくださイ!

素人オペラ並みの裏返ったままの声をキープしつつ、紙袋をひったくるようにして、あたしは店を走り出たのだった。


「あれ、ユイちゃん外で食べてくるんじゃなかったの?」
先輩スタッフに声をかけられても、あたしは息を切らして、かろうじて笑うしかなかった。


これには、後日談がある。
『彼』はあたしに、

「ユイさん、最初に逢った時のこと、覚えてますよ」

と、のたまったのだった。
ほんと、穴があったら埋めてください的。


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