クロス
実は、あたしは彼の名前を知っている。
名札には、さくま、とあった。

あの時、一発目の笑顔に目を逸らしたときに、チラリと名前を確認したのだ。

いい雰囲気の店や素敵なスタッフがいたら、あたしはちょこちょこ通うようになる。ので、何気によくそんな事をする。

まあ、『妄想事件』の時には、さくまという名のつくスタッフがいる店になんか、二度と行くもんか、ばーかばーか、とせっぱつまって考えながら、真っ赤になった頬に手を当てて、走って帰ったりもしたのだけれど。



そんなこんなで、仕事に集中している時以外は、けっこうな割合で、彼の事を考えるまでになった。あの姿を、笑顔をいっぱい思い出していた。

年は、あたしより少し年下か同い年くらいに見えた。涼しげな二重の目。ちょっと高めの鼻。背は、あたしの頭にあごが乗りそうなくらい高い。筋肉質ではない感じだけど、背筋がスッと伸びていて綺麗。ヘタしなくてもあたしは見とれそうになる。

いや、実際に見とれていた。
彼を見たいが為に、この1ヶ月の間、帽子をかぶったりサングラスをしたり伊達メガネをかけたり髪をアップにしたりアシンメトリーにしたり、とにかくあの手この手であたしは3日に1回は、あの店に出没していた。

そして、彼の接客する列には絶対に並ばないようにして(ここがポイントだ)、ほとぼりが冷めるのを待てずに、彼の姿をチラチラ見ては、顔を火照らせていたのだ。これは犯罪に近づいてないよね、うん大丈夫あたしが許すから、とか勝手なことを思いながら。






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