君の御影に見た滴
「『車輪の下』の主人公は自殺してしまうんや。車輪の父親は首を吊って死んだ。車輪が生まれる前に」
 

僕はただうなずいた。


「車輪はまっとうに生きていけるんやろうか」
 

僕は眠る車輪の安らかな寝顔を見てから、窓の外を見た。


その窓からはちょうど他の家の隙間の向こうの空が見えて、心が吸い込まれそうになった。


車輪はいつも、これを見ていたのかと思った。


「綺麗やろ」
 

寝ていたと思った車輪の声がした。


振り返ると、車輪はさっきと同じ体勢で目だけ開けて僕を見ていた。


「空が突き抜けたみたいや」
 

僕がそう言うと、車輪はおもしろそうに笑った。


まるで車輪の笑顔みたいだと言いかけてやめた。


この隙間を突き抜けて、車輪がどこかに行ってしまいそうだと思ったからだ。


「耕造、桶に水を入れてきてくれん?」
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