君の御影に見た滴
僕は母親の方に顔を向けた。


「ヘッセの小説の主人公な、水死したんや。車輪と一緒や。たぶん、車輪はあんたと結ばれることがないのがつらくて自殺したんやと思う。殺されたんやない」
 

結ばれることのない愛。


車輪は僕と結ばれるために自殺したのだろうか。


死んだら体から抜け出して、ずっと僕の傍にいられる。


そのために自殺したのだろうか。
 

そう思った時、急に涙が流れてきた。


ただ一緒にいたかった。


好きだと言っていたかった。


家なんて捨てても良かったのだ。


僕は大声を張り上げて泣いた。


もう答えてはくれない車輪の棺のふたを開け、抱きしめて泣いた。


どれだけゆすっても車輪は起きない。


目を覚まさない。


車輪の魂はもうこの体にはない。
 

大声で泣いている中、僕は体を持ち上げられた。


持ち上げたのは見たことのある顔の男だった。


僕の家の運転手だ。


「坊ちゃん、もう良いでしょう」
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