噛みつくようなキスをして
――一方、同じ屋敷の中庭では、ひとりの青年が古びたベンチの上で溜め息を吐いていた。
「……一体、どうなってるんだ、この家は。」
ぽつり、とそう呟くのは軍服…というよりも騎士服に身を包んだ黒髪の青年。
彼は先見隊の一人として、このスリニエル男爵邸にやってきた人間なのだが、この屋敷のあまりの人の少なさと家の粗末さに開いた口が塞がらないまま、この雪が降り積もった庭にたどり着いたのだった。
「仮にも男爵家が何故こうも貧しい生活を送っている?」
呟きながら青年は、他の先見隊の人間と来る途中に見た村々の光景を思い出す。
ベルトリード地方は豊かな土地であり、畑などを見る限りも実りは悪くなかった。
それなのに村民達は貧困に喘いでおり、彼は領主であるスリニエル男爵が私腹を肥やしているとばかり思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
使用人は最低限しか居らず、あのアリオンとかいう少年の話では男爵自らも切り詰めた生活をしているという。
――何かがおかしい。
青年は明らかな違和感にその黒い切れ長の瞳を細めて思案した。