噛みつくようなキスをして
「た、たたた大変ですっ!レティシア様!!」
しかし次の瞬間、書斎の扉が乱暴に開かれる音が響いた。
びっくりして手を止めるレティシアの様子もそっちのけで、部屋に飛び込んできた下働きの少年は息を切らしながら言葉を続けた。
「あ、明後日、セルスト陛下がこのベルトリード地方の視察に来るそうです!!」
矢継ぎ早にまくし立てる少年の言葉をゆっくりと反芻するレティシア。
しかし、その言葉の意味を理解した瞬間、彼女の顔から血の気が引いた。
――近隣諸国から“帝王”と恐れられ、この国の頂点に君臨している皇帝…それがセルスト陛下である。
勿論、このベルトリード地方もセルスト帝国の一部であり、リスニエル男爵という地位を与えたのも彼の先祖。
つまり、彼に不敬な対応などした日には、男爵家おとり潰しも有り得るのである。
「落ち着きなさい、アリオン。その旨は、ちゃんとお父様にお伝えしたの?」
とりあえず、レティシアはいつもの冷静さを取り戻すと、慌てふためく少年に尋ねる。
すると、アリオンと呼ばれた少年は「お伝えしたら、自分が応対をするとおっしゃってましたぁ…」と情けない声を出していた。